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北里柴三郎が新千円札に描かれる意味とは
2019.07.28

なぜ新札に選ばれたのか? 日本を変えた三人の肖像第3回

北里柴三郎が新千円札に描かれる意味とは

著者 小野 雅彦

 2019年4月9日、財務省は2024年度上半期を目処に紙幣を刷新することを発表した。新紙幣のデザインに採用される肖像画は、1万円札はこれまでの福沢諭吉から渋沢栄一へ、5千円札は樋口一葉から津田梅子へ、千円札は野口英世から北里柴三郎へと変更。紙幣の刷新は2004年以来、20年ぶりのこととなる。

 ここに挙げた顔ぶれを見ても分かるように、紙幣に採用されるのはいずれも国の発展に重要な役割を担った人物ばかり。渋沢は日本資本主義の父と称されているし、津田は女性の高等教育機関の設立に尽力した。北里は近代医学の礎を築いた人物として知られている。

 本連載では、彼らの残した多大な功績と、今日の日本に与えた影響や思想を、その生涯を振り返りながら解説する。

 最終回は、新千円紙幣に選ばれた北里柴三郎だ。ペスト菌、破傷風の治療法を開発し、“日本の細菌学の父”の異名を持つ北里が千円札に描かれるのは、実はとても意義深いことかもしれない。

武士になるつもりが医学の道へ

 北里柴三郎は1853年、熊本の山奥にある北里村(現在の熊本県阿蘇郡小国町)に生まれた。家柄は由緒ある武士の家系で、幼い頃は武芸に励み、学問には目もくれなかったという。

 ところが、1868年の明治維新によって、武士としての出世は絶たれた。翌1869年、熊本藩の藩校である時習館に入学するものの、今度はまもなく実施された廃藩置県により時習館が廃止。北里は熊本医学校にイヤイヤ入学することとなった。親からの強い勧めがあったからと伝わっているが、当時、最新の学問であった蘭学(オランダを通じて入ってくる西洋の学術・文化)に関心があった、という説もある。

 当初、政治家か軍人になろうと考えていた北里だが、同学校でオランダ人医師・マンスフェルトと出会い、顕微鏡で人体の組織を覗いたことで、医学へ興味を抱くことになる。その後、東京大学医学部に進学し、卒業後は内務省衛生局に入局。衛生事業に携わった。

 

なぜ細菌学者は当時の医学界のトップだったのか

 医学の道に進んだ北里が、細菌学を専門に扱うようになったのは、1886年のドイツ留学がきっかけだった。

 この頃、文明開化を急速に推し進めていた明治新政府は、優秀な人材を海外に留学させていた。欧米流の最新の知識と技術を身に着けさせ、国の発展に貢献してもらうためである。この試みに、北里も内務省の職員として選ばれた。

 ベルリン大学で学ぶこととなった北里は、ここで生涯の師と出会う。細菌学の世界的な権威であるロベルト・コッホである。コッホは、フランスの細菌学者であるパスツールと並ぶ、世界の医学界の最高峰に立つ人物であった。

 なぜ細菌学者が、当時の医学界のトップに立っていたのか? 実は当時は… 続きを読む… 続きを読む

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小野 雅彦

小野 雅彦

フリーライター

歴史時代作家クラブ会員。雑誌やムックなど、戦国時代や幕末などの日本史にまつわる記事を中心に執筆。地方に埋もれた歴史や人、事件などについて取材を続けるほか、東日本大震災以降は原発関連の記事なども手掛けている。著書に『なぜ家康の家臣団は最強組織になったのか 徳川幕府に学ぶ絶対勝てる組織論』(竹書房新書)がある。秋田県秋田市出身。

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