フェイクニュースの時代を生き抜く

歴史に学ぶ「操作された情報」に惑わされない方法

2018.01.29 Mon連載バックナンバー

 無数の情報が簡単に手に入る現代だが、その一方で虚偽や誤報、歪曲された情報など「フェイクニュース」が問題になっている。

 近代以降、通信や報道機関が発達し、しばしば「事実でない情報」や「意図的に歪められた情報」が時代を動かすようになった。その一例が「エムス電報事件」だ。

 高校で世界史を習った人でない限り、馴染みのない言葉だろう。しかし、当事国のドイツでは、文献資料の読み方を身に付ける教材として、現在の高校生用の教科書で紹介されている事件でもある。

「フェイクニュース」とは嘘情報・誤報を指すが、世の中に溢れている情報は「嘘ではないが意図的に歪曲された」グレーゾーンのものも多い。はっきりした嘘でないだけに、発信者の意図は見抜きにくく、慎重な人でも誘導に乗ってしまうかもしれない。

 エムス電報事件も、完全な嘘ではなく、事実をもとに巧妙な印象操作が施された例である。この事件の顛末を知ることで、「発信者が込めた裏の意図」を読み取る力を身につけたい。

 

フランスを挑発するためにはどうすれば良いか?

 プロイセン(現在のドイツの大元になった国)と、フランスの間の国際問題「エムス電報事件」が起きたのは、1870年のことだ。

 ドイツという国は、昔はバラバラな国の集まりで、プロイセン王国はその中で最も有力な国だった。この頃、プロイセンを中心にドイツを統一国家にしようという機運が高まっていた。

 そのリーダーが、宰相のオットー・フォン・ビスマルク。国王ヴィルヘルム1世に仕え、プロイセンの軍事・産業の近代化を断行し、後にプロイセンによるドイツ統一の立役者となる人物である。

 ドイツ統一を目指すビスマルクにとって、最大の障害はフランスだった。ドイツが統一されると、フランスの隣に軍事大国ができる。そのため、フランスはドイツの統一に猛反対していた。ビスマルクは、「ドイツを統一するためには、フランスを戦争で負かさなければならない」と考えるようになった。

 しかし、理由なしに戦争はできない。そこでビスマルクは、フランスを挑発して宣戦布告をさせ、戦争に持ち込もうと考えた。

 対するフランスのリーダーは、皇帝・ナポレオン3世。有名な英雄ナポレオン1世の甥にあたる。英雄の血縁者であることから国民的人気は高かったが、しばしば対外的に派手な政策をとり、国民の不満を外にそらしていた。

 

フランス側がスペイン国王の人事に口出しする理由

 1868年、エムス電報事件の発端となる事件が起こる。スペイン国内の反乱により、女王が退位。これに伴うスペイン王位継承者問題が発生した。

 この時、プロイセン王家(ホーエンツォレルン家)に属するレオポルトという人が、スペイン王の候補となる。しかし、ナポレオン3世は猛反対。フランスの東西に、同じ一族の王がいると、いざという時に挟撃されるかもしれないからだ。結局プロイセンが折れ、レオポルトはスペイン王位を辞退することになった。

 ナポレオン3世はこれでも満足しなかった。ヴィルヘルム1世が滞在するドイツの温泉地、バート・エムスに大使を派遣し、「将来もプロイセン王家はスペイン王位を要求しない」という約束を引き出そうとした。しかし、ヴィルヘルム1世はその要求を拒否。1870年7月13日のことだ。

 ヴィルヘルム1世の側近は、バート・エムスからベルリンにいるビスマルクに、会談の内容を電報で送った。前置きが随分長くなったが、これが有名な「エムスの電報」だ。

 

事実を捻じ曲げず、挑発的な内容に変える

 ビスマルクに宛てた電報は、次のような構成になっている。… 続きを読む

全文(続き)を読む

続きを読むにはログインが必要です。

まだ会員でない方は、会員登録(無料)いただくと、続きが読めます。

三城 俊一

三城 俊一

歴史ライター

学習塾勤務のかたわら、世界史・日本史を問わない執筆活動を行う。著書に『なぜ、地形と地理がわかると現代史がこんなに面白くなるのか』(洋泉社)。

このページの先頭へ
Bizコンパス公式Facebook Bizコンパス公式Twitter