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天龍源一郎~やりたいように生きた男の引き際の言葉
2015.04.13

成功者の生き方から学ぶ人生のヒント第13回

天龍源一郎~やりたいように生きた男の引き際の言葉

著者 南 武志

 人気プロレスラーの天龍源一郎さんが現役を退くことを表明しました。リングの上で常に全力で戦う姿を見せてくれた天龍さんの「今度は俺が妻を支えていく番だ」という言葉は、多くの男性にとって感じるものがあったことでしょう。彼の言葉には、やりたいことをやり抜いた男のロマンが込められています。

 “やりたいことをやり抜く”という生き方はビジネスにおいても当てはまることです。出る杭は打たれるという会社組織の中においても、自分のやりたい仕事に一心不乱に打ち込んでいる人は意外と打たれないものです。周囲の人たちも、好きな仕事に邁進している人に対しては温かく見守ってあげることが多いものです。

 今回は天龍源一郎さんを例に挙げて“やりたいことをやり抜く”という視点でお話しを進めていきましょう。

 

大相撲からプロレスへと格闘技一筋の半生

 天龍さんは1950年(昭和25年)生まれの65歳で、バドミントンの全日本選手権を17歳で制したニューヒロイン・山口茜選手と同じ福井県勝山市出身です。最近はテレビのスポーツニュースで山口茜選手の特集が組まれ勝山市が紹介されることがありますが、自然に恵まれた長閑な山間の町です。

 中学2年生の時に大相撲の二所ノ関部屋にスカウトされ東京の両国中学校に転校し、本名の嶋田源一郎として力士生活をスタートさせました。そして1973年の初場所で幕内に昇進したのを契機に天龍という四股名に改名します。

 最高位は西前頭筆頭で1976年9月場所を最後に26歳で大相撲を廃業し、ジャイアント馬場さん率いる全日本プロレスに入団しました。短時間に一気にエネルギーを爆発させる大相撲からタフさが求められるプロレスへの転身ということもあって、デビュー直後はスタミナに難点がありましたが、スタミナが付くにつれて頭角を現していきます。

 そして三冠ヘビー級王者、IWGPヘビー級王者をはじめとする数々のタイトルを獲得するなど、日本のプロレス界に大きな足跡を残してきました。

 天龍さんは相手の得意技を真正面から受けて立つタイプのレスラーです。私はこの原稿を執筆するにあたり、改めてYouTubeでジャンボ鶴田戦をはじめとする往年の名勝負を観ましたが、何度もスリーカウント寸前まで追い込まれながら勝負を諦めない天龍さんのレスリングスタイルに興奮を覚えました。

 天龍さんは2015年2月に同年11月を持って現役を退くことを表明しました。記者会見では引退ではなく廃業という言葉を使っていたことが印象的でした。

 

やりたいことをやり抜いた男の言葉は「今度は俺が妻を支える」

 スポーツ紙各紙で報道されたとおり、天龍さんの廃業理由は体調の良くない奥さまを支えたいというものです。マスコミの中には「天龍自身の体力の限界もある」と論評していた記事もありましたが、私は天龍さんのコメントから、彼は自分の好きなことをやり切ったのだなと感じました。

 引退発表会見での天龍さんのコメントを以下に抜粋します。

「ここまでプロレスラーを続けてこられたのは家族の支えがあって、こんなワガママな天龍源一郎をプロレス一本でやって行けるようにずっと支えてくれたのですが、一番支えてくれた家内が病気になりまして、そのことも相俟って、今度は俺が妻を支えていく番じゃないのかと思いました。」

 天龍さんは奥さまをはじめとする自分を支えてくれた家族に感謝した後に、自らのプロレス人生について次のように語っています。… 続きを読む… 続きを読む

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南 武志

南 武志

フリーランサー

広告代理店、PR会社での勤務を経て、広告業界専業のヘッドハンターとして9年間活動。20代から50代までの数多くの転職希望者と本音で語り合った経験を元に、若き組織人への提言をまとめる。

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