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周囲を巻き込みラクして勝つ、中間管理職・板垣退助の効率的仕事術
2019.05.30

日本を支えた“中間管理職”の苦悩第38回

周囲を巻き込みラクして勝つ、中間管理職・板垣退助の効率的仕事術

著者 かみゆ歴史編集部

紙幣に描かれた中間管理職

 2024年度前半に、日本銀行券、いわゆる紙幣が一新されることが決定、一万円札、五千円札、千円札のモデルとして、順に渋沢栄一、津田梅子、北里柴三郎の3人が採用となった。

 実は戦後の日本において、紙幣に描かれた偉人のほとんどが、明治期に活躍した人物である。上記の3名のほかにも、現行の福沢諭吉・樋口一葉・野口英世の3人、それ以前の新渡戸稲造・夏目漱石、さらにその前の伊藤博文もそうだ。例外もあるが、紫式部(2000年発行の二千円札)、聖徳太子(1986年発行停止の一万円札)など一部に限られる。

 今回取り上げる板垣退助も、明治期に活躍し、紙幣に描かれた人物だ(1974年発行停止の百円札)。板垣は国会開設によって国民の権利を確立しようとする「自由民権運動」の主導者で、遊説中に暴漢の襲撃を受けた際に「板垣死すとも自由は死せず」の名台詞を残したと伝わる。

 明治期にはリーダーとして活躍した退助だが、江戸時代から明治に変わる過渡期は、戊辰戦争で土佐藩(現・高知県)の軍司令官を務めるという、中間管理職のような立場にあった。そして、多くの戦いで勝利を挙げている。

 退助が勝利を重ねた背景には、“周囲を巻き込み、ラクして勝つ”という、非常に効率的な戦いを推し進めた点にある、そしてそのやり方が、リーダーとして独立した明治期の活動にもつながっていった。

 

板垣退助を知るうえで重要な「家系」と「身分」の話

 退助は1837年、土佐藩士の乾正成の子として生まれる。土佐藩の武士は「上士」と「下士」という身分に分類されたが、乾家はランクの高い上士だった。

 乾家の家系は、遡ると甲斐(現・山梨県)の戦国大名・武田信玄に仕えた板垣信方にたどりつく。しかし、退助が板垣姓を名乗ったのは32歳の時。武田家滅亡後、信方の孫の正信が戦国大名・山内一豊に仕え、山内家ナンバー2の家老・乾和三より乾姓を与えられたことから、正信の血筋は「土佐乾家」となった。一豊は関ヶ原の戦いの戦功で、徳川家康より土佐を得たため、土佐乾家をはじめとする部下たちも土佐へ移住した。

 土佐藩における上士/下士の違いは、この関ヶ原の戦いの勝敗に由来する。勝者の徳川家康方についた山内家に関わる家柄は、上級武士の上士となり、山内家以前に土佐を領有しながら、敗者の石田三成方について没落した長宗我部家に関わる家柄は、下級武士の下士とされた。

 そんな上士の家に生まれた退助だが、身分を気にせず、下士とも交流した。下士の中には「外国から日本を守るため、弱腰外交をする江戸幕府を倒すべき」という倒幕論者が多く、影響を受けた退助も、倒幕を志したという。

 退助は倒幕派の中心勢力・薩摩藩(現・鹿児島県)との間に、倒幕の合戦時の速やかな挙兵を約束する「薩土密約」を交わした。翌年、戊辰戦争緒戦である鳥羽・伏見の戦いが京都で開戦すると、密約どおりに在京の土佐藩兵が素早く幕府軍に応戦し、退助も土佐藩部隊・迅衝隊(じんしょうたい)を率いて合流。この迅速な対応が評価され、退助は幕府軍を追撃する「東山道先鋒総督府」の参謀に任命された。

 

ラクして勝つためなら名前も変える

 退助は、明治新政府軍が江戸幕府軍を破って明治維新を遂げた戊辰戦争において、実に多くの合戦で勝利を重ねている。甲斐の「甲州勝沼の戦い」では、幕府配下の新選組を撃破。下野(現・栃木県)の「今市の戦い」に勝利して、東北地方への進軍路を確保。東北地方では「二本松の戦い」で幕府方の二本松城を攻略、会津若松城籠城戦で幕府を支持する佐幕派の中心勢力・会津藩を降伏させた。

 退助が率いる軍の強さの理由は何か。… 続きを読む… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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