日本を支えた“中間管理職”の苦悩(第26回)

誤解されがちな中間管理職・大久保利通の真意とは

2018.05.22 Tue連載バックナンバー

 現在放送中のNHK大河ドラマ「西郷どん」が、新展開に入った。奄美大島を舞台に描く「島編」のスタートである。奄美大島は、鈴木亮平演じる主人公・西郷隆盛が主家の薩摩藩(現・鹿児島県)の意向に逆らったため流刑となった土地だ。

 このとき、薩摩藩で立場を強めていくのが、ドラマでは瑛太が演じる大久保利通だ。利通と隆盛は幼少期からの親友同士であり、発言力を得た利通が薩摩藩に懇願したことも奏功して、隆盛は藩政に復帰できた。

 利通と隆盛は幕末を二人三脚で歩んで、維新を成し遂げる。しかし明治政府成立後は意見を違え、政争に敗れた隆盛は、自らが旗頭になった西南戦争にも敗れて世を去った。これに対し利通は、現在の首相に当たる内務卿に就任して政界の頂点に立つ。このため「親友を切り捨てた独裁者」と見られがちだ。

 だが、利通の心根はあくまで中間管理職だった。利通は国のトップを「国民」と考え、権力者が国民を支配するのではなく、権力者が国民全体を支える存在となるよう社会構造の変革に尽力した人物なのだ。

 

青年期の苦境が不屈の精神の源になる

 利通は薩摩藩の下級武士の家に生まれた。17歳で藩庁の庶務を担当する「記録所書役助」に就任し、地道にキャリアを積むはずだったが、20歳のときに思わぬアクシデントで人生が一変する。薩摩藩主・島津家のお家騒動である「お由羅騒動」に巻き込まれたのだ。

 当時の薩摩藩主・島津斉興(なりおき)には、嫡男・斉彬と次男・久光のふたりの男子がおり、どちらが次期藩主かで家中が割れた。このとき、斉興の側室で、久光の生母であるお由羅の方が「久光を藩主に」と斉興に迫ったことが、騒動の名称の由来である。

 伝統を重んじる斉興は、西洋文化を好む斉彬を疎んじていた。久光派の家臣はこれを幸いに、斉彬派の家臣の粛清を行う。この粛清された家臣の中に、… 続きを読む

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かみゆ歴史編集部

かみゆ歴史編集部

歴史コンテンツメーカー

歴史関連の書籍や雑誌、デジタル媒体の編集制作を行う。ジャンルは日本史・世界史全般、アート、日本文化、宗教・神話、観光ガイドなど。おもな編集制作物に『日本の山城100名城』(洋泉社)、『一度は行きたい日本の美城』(学研)、『戦国合戦パノラマ図鑑』(ポプラ社)、『系図でたどる日本の名家・名門』(宝島社)、『大江戸今昔マップ』(KADOKAWA)、『国分寺を歩く』(イカロス出版)など多数。お城イベントプロジェクト「城フェス」の企画・運営、アプリ「戦国武将占い」の企画・開発なども行う。公式サイトはwww.camiyu.jp

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