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藤田東湖/西郷どんが心酔したカリスマの非業な死
2018.07.19

幕末志士、散り際の美学第6回

藤田東湖/西郷どんが心酔したカリスマの非業な死

著者 上永 哲矢

 幕末の時代、維新の志士たちに多大な影響を与えた人物といえば、過去に取り上げた吉田松陰が有名である。しかしそれ以前に、松陰や若き日の西郷隆盛に大きな影響を与えた人物がいた。水戸藩(現在の茨城県水戸市)の藤田東湖(ふじたとうこ)である。

 東湖が推進した「水戸学」は当時の日本全体に広まり、西郷や松陰をはじめとした多くの志士たちが影響を受けた。江戸幕府でも要職を務めるなど、“カリスマ”と言っても過言ではない存在だった。

 そんな重要人物にも関わらず、東湖のネームバリューは彼らより低い。その理由を、彼の非業な死から探ってみたい。

 

若き東湖、イギリス人を斬りに走る

 藤田東湖は、ペリーの来航より47年前の文化3年(1806)、水戸城下(現在の茨城県水戸市)に生まれた。父は藤田幽谷(ゆうこく)。幽谷は水戸藩内の著名な学者で、もともと武士ではなく町人上がりだが、その学識を認められて水戸藩士となり、「彰考館」の総裁にまで上り詰めた人物である。

 彰考館とは、かの水戸黄門として名高い徳川光圀(水戸藩の第2代藩主)が開始した『大日本史』(歴代天皇の事績を叙述した歴史書)の編纂を引き継いだ学術機関のことだ。総裁の子である東湖は、それを自覚してか、幼い頃より懸命に学問に打ち込み、剣術にも励んだ。

 東湖が19歳になったころ、水戸藩領の大津浜(現在の北茨城市)にイギリスの捕鯨船の乗員らが上陸した。食料と真水を求めての上陸だったが、日本は当時、厳しい鎖国体制下にあった。藩内は大騒ぎとなり、「異人が攻めてきた」などと叫ぶ者もいた。それを聞くや、東湖は刀を携えて大津浜へ向かう。血気盛んで腕にも覚えがあった彼は、「異人を斬ってくれよう」と息巻いたのである。

 ところが、すでに浜には誰もいなかった。水戸藩は領内で国際的なトラブルが起きる前に手を打ち、わずかな食料を与えてイギリス船を追い返していたのである。東湖はすっかり拍子抜けした。

 しかし、この事件をきっかけに水戸藩は揺れ動き、「攘夷!(異国人を打ち払え)」の声がますます高まっていく。先に述べた徳川光圀以来、水戸は藩を挙げて『日本史』つまり「天皇史」の編纂を行なっていた。結果、「尊皇」の気風が備わり、それが水戸人の根源にまでなった。日本イコール天皇、その存在こそは最も尊いもの、天皇の国土を汚し、脅かす異人は打ち払うべき存在――という思想が根付いていたのだ。

 この思想から生まれた学問は「水戸学」と呼ばれ、藩の枠を超えて日本全体に大きな影響を及ぼしていた。過激とも思えるものだが、いつ外国の魔手が忍び寄ってくるか分からなかった当時は、重んじるに値する考えであった。

 

「尊皇攘夷」をキャッチフレーズ化

 文政12年(1829)、第9代・水戸藩主に徳川斉昭(なりあき)が就任する。のちに「尊皇攘夷」思想の担い手として幕政に重きを成す人物だが、斉昭はもともと前藩主の息子ではなく弟であり、藩主に就任できるかどうか微妙な状況に置かれていた。その就任を大きく後押ししたのが、誰あろう東湖だった。

 この頃、東湖は父を亡くし、家督を継ぐとともに彰考館総裁代役も務め、大きな発言力を得ていた。斉昭の藩主就任に大いに貢献した東湖は、家老の戸田忠太夫(とだ ちゅうだゆう)とともに、斉昭の側近を務めるようになる。藤田と戸田の両名は「水戸の両田」と称され、水戸藩をリードする存在となっていく。

 斉昭は広く人材を登用し、水戸の藩政改革に務めた。また藩校「弘道館」を城下に設立して教育事業にも熱心に取り組む。この学校は一般的な学問、武道の教育のほか、「水戸学」の指導、推進が行なわれる人材育成の場となる。

 現在の弘道館跡には、斉昭が建学の精神を記した「弘道館記」の碑が残っているが、その草案を書いたのも藤田東湖であった。そこに彼は尊皇と攘夷を組み合わせた「尊王攘夷」という言葉を記す。これはやがてキャッチフレーズ化し、日本全国へ広まっていくことになる。

 意欲的に藩政を改革した斉昭は、徳川幕府の政治にも大きく関与していく。攘夷実行に備え、軍事訓練や西洋式兵器の国産化を推進、また蝦夷地(北海道)の開拓や大船建造の解禁なども幕府に提言した。

 だが、行き過ぎた強硬な姿勢は幕府首脳陣に警戒されるようになる。結果、… 続きを読む… 続きを読む

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上永 哲矢

上永 哲矢

歴史著述家・紀行作家。日本の歴史、および『三国志』をはじめとする中国史の記事を多数手がけ、各種雑誌やWEBサイトに寄稿、連載を持つ。全国各地の史跡を取材し、城や温泉にも造詣が深い。著書に『三国志 その終わりと始まり』(三栄書房)、『偉人たちの温泉通信簿』(秀和システム)など。神奈川県出身。

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