Bizコンパス

吉田松陰/長州志士たちを目覚めさせた29年の生涯
2018.06.26

幕末志士、散り際の美学第5回

吉田松陰/長州志士たちを目覚めさせた29年の生涯

著者 上永 哲矢

 NHK大河ドラマ「西郷どん」で躍動する幕末志士たち。そんな彼らの「散り際」を紹介している本連載、今回は倒幕派の旗手となった長州藩(現在の山口県)を代表する存在の吉田松陰(よしだしょういん)を取り上げたい。

 いわゆる「志士」の先駆けとして名高い松陰だが、その生涯はわずか29年だった。なぜ彼は、かくも若き命を散らす羽目になったのだろうか。

 

11歳にして藩主に学問を説く

 江戸時代も200年が過ぎ、幕末の足音が聞こえ始めた天保11年(1840)、ひとりの少年が長州の萩城に入った。吉田寅次郎(のちの松陰)、このとき11歳。生まれは貧しい武家であったが、幼くして藩校・明倫館の兵学師範を務め、城下では神童ぶりで評判だった。藩主・毛利敬親(たかちか)に対して兵学の講義を行なうため、御前に呼ばれたのである。

 敬親は日ごろから「儒者の講義は、ありきたりの言葉ばかりが多く眠気を催す」と思っていた。ところが目の前にいる寅次郎少年は、藩主を前にしても実に堂々としていた。その熱のこもった語りに引きつけられ、膝を乗り出して聞き入ったという。

「以後、毎年城に来るように」と、敬親のお墨付きを得た寅次郎は、城下でさらに注目を浴びる存在となった。それから10年後の嘉永3年(1850)、数えで21歳になった寅次郎(以下、松陰)は、藩から軍学稽古の名目で許しを得ると、九州遊学に出て見聞を広めた。

 次いで江戸にも出た松陰であったが、藩からの許しを得る前に東北旅行を敢行したため、「脱藩の重罪を犯した」として罰せられてしまった。だが、これで終わらないのが松陰。彼の才能に惚れ込む藩主以下、長州首脳陣は、… 続きを読む… 続きを読む

続きを読むには会員登録が必要です

上永 哲矢

上永 哲矢

歴史著述家・紀行作家。日本の歴史、および『三国志』をはじめとする中国史の記事を多数手がけ、各種雑誌やWEBサイトに寄稿、連載を持つ。全国各地の史跡を取材し、城や温泉にも造詣が深い。著書に『三国志 その終わりと始まり』(三栄書房)、『偉人たちの温泉通信簿』(秀和システム)など。神奈川県出身。

関連キーワード

SHARE

関連記事

長州藩/志士に全てを任せた「そうせい侯」毛利敬親

2014.11.14

幕末藩主に学ぶリーダーの資質第1回

長州藩/志士に全てを任せた「そうせい侯」毛利敬親

幼少期の伊藤博文~貧しく差別されながら学問に励む

2015.02.05

伊藤博文:百姓から総理大臣になった男の幕末第1回

幼少期の伊藤博文~貧しく差別されながら学問に励む

なぜ高杉晋作は「おもしろき世」を追い求めたのか?

2016.06.20

ビジネスパーソンが知るべき世界の名言第2回

なぜ高杉晋作は「おもしろき世」を追い求めたのか?

長州藩の礎を築いた毛利輝元のイノベーション

2014.01.24

偉人に学ぶ、時代を生き抜く企業経営術第3回

長州藩の礎を築いた毛利輝元のイノベーション