小山宣宏の「勝利の裏にあるもの」(第8回)

大阪桐蔭を強豪に変えた西谷浩一監督のチーム作り

2018.04.19 Thu連載バックナンバー

 まさに圧巻だった。第90回全国高等学校選抜野球大会(以下センバツ)の決勝戦、大阪桐蔭が智弁和歌山を5対2で下した。春夏合わせて通算7度目、春に限っていえば3度目の優勝、そして昨年に続いての連覇となった。さらに春のセンバツでの連覇は、1981、82年にPL学園が記録して以来の、36年ぶりの快挙である。

 大阪桐蔭のメンバーに注目すると、優勝した瞬間にマウンドにいた根尾昴、エースの柿木蓮、好打者で主将の中川卓也、走攻守揃った藤原恭大ら、プロのスカウトが注目している選手が7人もいる。しかも、ここに挙げた4人はいずれも今秋のドラフト会議で「1位で指名されてもおかしくない」レベルにある。

 なぜ大阪桐蔭にこれだけの好素材が集まるのか。そして、監督である西谷浩一はどういった指導を選手たちに施しているのか?

 

近年、次々とプロに入る大阪桐蔭の選手たち

 今から30年以上前の1980年代、大阪の、いや高校野球界を牽引していたのはPL学園だった。83年から85年の間は、「KKコンビ」といわれた桑田真澄、清原和博が活躍し、その2年後に春夏連覇を達成した立浪和義らが素晴らしいプレーを魅せ続けた。

 甲子園で数多くの実績を残し、プロ野球界へ多くの人材を輩出したのもPL学園であった。その当時、低迷期に入っていた阪神タイガースと比較して、「PL学園は阪神よりも強い」などと揶揄された時代もあったほどだ。

 それから30年後――今はまぎれもなく大阪桐蔭の時代である。高校野球界を牽引し、その多くがプロ野球に進んでいる。

 西谷が大阪桐蔭の監督に就任した2005年以降、ドラフト1位で指名された選手たちは、以下の5人に及ぶ。

・2005年 辻内恭伸(読売ジャイアンツ)、平田良介(中日ドラゴンズ)
・2007年 中田翔(北海道日本ハムファイターズ)
・2012年 藤浪晋太郎(阪神タイガース)
・2013年 森友哉(埼玉西武ライオンズ)

 またドラフト2位以下で指名された選手は、彼らに加えて10人いる。

 つまり、西谷が監督になって13年の間で、15人ものプロ選手を輩出しているのだ。これだけの素材が集まり、そして育てられた背景には、どういったことが考えられるのか。

 

甲子園出場の夢が潰えた高校時代

 西谷は1969年に兵庫県宝塚市で生まれ、小2から野球を始める。小4から捕手になって、小6のときの1981年に、地元・兵庫の報徳学園が夏の甲子園で全国制覇。中学卒業後は迷わず名門野球部の門を叩いた。

 けれども、報徳学園で西谷が公式戦に出場できたのは、2年生の秋の県大会のみだった。3年生に上がった途端、下級生部員による暴力事件が起こり、チームは夏の県大会の出場を辞退。この時点で「甲子園出場」への夢は潰えてしまった。

 西谷は事件が発覚した日のことをよく覚えている。朝、グラウンドに行くと… 続きを読む

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小山宣宏

小山宣宏

スポーツジャーナリスト

1973年千葉県出身。出版社、編集プロダクション勤務を経て、2007年に独立。近年は高校野球やプロ野球を中心とした取材・原稿が多い。『実は大したことない大リーグ』(江本孟紀/双葉社)、『日本人投手がメジャーで故障する理由』(小宮山悟/双葉社)、『名将の条件』(野村克也/SBクリエイティブ)、『3000安打の向こう側』(松井稼頭央/ベースボール・マガジン社)などの書籍を手掛ける。

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