2018年2月17日、平昌オリンピックの男子フィギュアスケートで、前回のソチ大会に続いて羽生結弦が金メダルを獲得した。昨年11月に右足を負傷し、手負いの状態であった彼は、なぜ連覇を果たせたのか。金メダルまでの道のりと、4回転ジャンプが多くなった男子フィギュアの現状について、ひも解いてみたい。

 

「ケガでオリンピック連覇は難しい」という前評判を覆す

 両腕を大きく外に広げ「SEIMEI」の曲を終えた瞬間、満員となった江陵アイスアリーナ内に歓声が起きた。その直後、羽生は叫ばずにはいられなかった。何度も氷上でガッツポーズを繰り返し、右足をさすりながら氷を3度叩いた。「やりきれたと思うぐらいの演技ができた。頑張ってくれた右足に感謝したい」という試合後の羽生の言葉は、偽らざる本音であろう。

 「究極の演技」を求めて挑んだ2017年シーズンは、羽生にとって試練の連続だった。昨年11月9日に大阪市中央体育館で開催されたNHK杯の前日練習で羽生は右足首を負傷した。診断結果は「右足関節外側靭帯損傷」。重症だった。

 この時点で平昌オリンピックまで3ヵ月の猶予しかなかった。年内に完治してリンクに上がって練習を開始できなければ、オリンピックは難しいのではないか……そう悲観的に考えてしまうのも無理もない。ケガの期間、羽生に関する情報は一切途絶えた。オリンピックは出場できるのか否か、多くのファンはただただ彼の動静を見守るしかなかった。

 その間に日本で大きく成長したのは、羽生より3歳下の宇野昌磨、海外に目を向けると、宇野よりさらに2歳下のアメリカのネイサン・チェンが立ちはだかった。「絶対王者」と言われた羽生を負かすとしたら、彼ら若い世代の台頭は欠かせない。

 焦る気持ちを抑えながらも、治療に専念するしかない羽生の心中を察すると、もどかしさといら立ちに包まれていたのかもしれない。だが、羽生はそうした逆境に耐えた。「練習したい」と思いながらも、「足に負担をかけてはいけない」と相反する気持ちのバランスを保ったことで、精神的に一回り大きくなることができた。

 それと同時に、「オリンピックで勝つには、4回転ジャンプにこだわる」という思いも持ち続けていた。4回転を飛ばなければ、勝つことはできない――頂点を目指すには、それ以外に方法はなかった。

 

「4回転ジャンプ」が今の主流になりつつある理由

 なぜ羽生は、4回転ジャンプにこだわったのか。ここで… 続きを読む

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小山宣宏

小山宣宏

スポーツジャーナリスト

1973年千葉県出身。出版社、編集プロダクション勤務を経て、2007年に独立。近年は高校野球やプロ野球を中心とした取材・原稿が多い。『実は大したことない大リーグ』(江本孟紀/双葉社)、『日本人投手がメジャーで故障する理由』(小宮山悟/双葉社)、『名将の条件』(野村克也/SBクリエイティブ)、『3000安打の向こう側』(松井稼頭央/ベースボール・マガジン社)などの書籍を手掛ける。

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