小山宣宏の「勝利の裏にあるもの」(第5回)

“遅咲き”栃ノ心が歩んだ苦労の道

2018.02.22 Thu連載バックナンバー

 本人は驚いただろうが、周囲からすれば「当然の結果」だった。大相撲初場所での栃ノ心の初優勝である。昨年11月に日馬富士が引退し、初場所では横綱の白鵬稀勢の里が5日目、6日目から相次いで休場し、見どころが薄れかけていたところに、場所前には優勝予想にすら上がっていなかった男が、主役の座を射止めた。

 たしかに強かった。7日目には、一人横綱の鶴竜との全勝対決で敗れたものの、大相撲を担当している新聞記者の間では、「今場所の栃ノ心はやるんじゃないか」という声が多かった。鍛え上げた張りのある、筋骨隆々とした体。相手に粘る隙を与えずに、常に前に出る姿勢。どの力士も寄せつけない強さがあった。

 新入幕から58場所目での初優勝は、史上4位タイの「遅さ」である。“遅咲き”となった理由のひとつには、相撲界独特のしきたりになじむのに時間がかかったことが挙げられる。

 

「有望な力士の条件」を満たしていた

 栃ノ心は、故郷のジョージア(当時はグルジア)では、柔道とサンボの経験があり、ヨーロッパ王者にも輝いている。また、握力は左右ともに90キロで、リンゴも握りつぶせるほどの力がある。並みいる外国人力士の間でも、素質は群を抜く。

 テレビで幕内力士の取組しか見たことのない人だと、「お相撲さんはみんな太っている」と思われがちだが、太っている子どもが力士にスカウトされるとは限らない。親方が有望そうとされる子をスカウトした時点では、体の大きさよりも、「将来、どのような体になるのか」を一番にイメージするそうだ。

 その際、親方衆が口を揃えて言う「有望な力士の条件」の第一に「骨格が大きい」ことを重要視している。これは尻と足の大きさを指している。遺伝子的には、「母親の体格を見る」そうで、母親の体格を見て、骨格ががっしりしていれば心配ないという。そのうえで、胴長、短足、体が柔軟であればなおよい。

 かつて「昭和の大横綱」といわれた第48代横綱の大鵬は、16歳で初土俵を踏んだときには、身長184センチ、体重80キロと相撲取りの割には痩せていた。だが、大鵬をスカウトした当時の二所ノ関親方は、ひょろひょろだった体の中で唯一、尻が大きかったのを見て、「コイツは絶対に大成する」と周囲に予言していたという。その結果、全盛期には身長187センチ、体重153キロまで成長し、優勝回数も32回を数え、白鵬に抜かれるまでは最多の優勝記録を誇っていた。

 そして、「反射神経、瞬発力に優れている者がいい」と指摘する親方もいる。優勝回数が歴代3位、89年に国民栄誉賞を受賞した第58代横綱の千代の富士は、中学時代に地元の北海道の陸上競技大会で、三段跳びと走り高跳びで優勝し、高校でも陸上競技を続け用地したところをスカウトされて、九重部屋に入門した。

 また、水泳でメキシコオリンピックのメダル候補といわれながら、「水泳ではメシが食えない」という名ゼリフを残して、二子山部屋に入門したのが、現・貴乃花親方の父親の初代貴ノ花(元二子山親方)だった。

 さらにいえば、現横綱の稀勢の里も、中学時代は投手とセンターで活躍した野球少年で、野球名門校で知られる地元・茨城の常総学院高校からスカウトされる逸材だった。今の稀勢の里の体格を見たら、俊敏な動きができるとはお世辞にも想像しづらいが、相撲も優れた身体能力が求められていることがお分かりになるかと思う。

 こうした例に漏れることなく、栃ノ心も春日野部屋に入門した時は、将来の活躍が期待された若者だった。だが、結果的に遅咲きとなったのは、先に触れたとおり、相撲界独特のしきたりになじむのに時間がかかったことが、その一因に挙げられる。

 

一般社会にはない、相撲界独特のしきたりに苦しむ

 栃ノ心に限らず、外国からやってきた若者にとって、相撲の世界独特の文化を覚えることは苦労するという。相撲は番付社会だ。給料、髪型、服装、履き物、化粧廻し、付け人、食事など、すべてに番付の差が現れる。

 たとえば給料面。第77条で「力士の給料は月給制とし、当分次の通り定める」と明記している。給料のランクは横綱、大関、三役(関脇、小結)、幕内、10枚目の5階級で、金額は上から… 続きを読む

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小山宣宏

小山宣宏

スポーツジャーナリスト

1973年千葉県出身。出版社、編集プロダクション勤務を経て、2007年に独立。近年は高校野球やプロ野球を中心とした取材・原稿が多い。『実は大したことない大リーグ』(江本孟紀/双葉社)、『日本人投手がメジャーで故障する理由』(小宮山悟/双葉社)、『名将の条件』(野村克也/SBクリエイティブ)、『3000安打の向こう側』(松井稼頭央/ベースボール・マガジン社)などの書籍を手掛ける。

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