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貴乃花・白鵬にあって、稀勢の里に欠けていたものとは
2019.02.14

小山宣宏の「勝利の裏にあるもの」第27回

貴乃花・白鵬にあって、稀勢の里に欠けていたものとは

著者 小山宣宏

「一片の悔いもない」と語った背景

 たたき上げの和製横綱・稀勢の里が、およそ18年に及ぶ相撲人生に終止符を打ち、1月16日に引退会見を行った。

「場所前に『これでダメなら』というくらい、いい稽古をした。一片の悔いもありません」

 そう語り終えると、横綱の目元から涙がこぼれた。「一片の悔いもない」という言葉は、決して本音だとは思えない。「勝敗を度外視して、15日間土俵に上がり続けたかった」という思いのほうが強かったはずだ。

 だが、相撲界における「横綱」という地位では、「勝敗を度外視して15日間土俵に上がり続ける」ことは絶対に許されない。勝って当たり前、負ければ観客席から座布団が舞うのが通例とされてきた横綱という地位の力士にあって、稀勢の里の力士としての晩年は「勝てばみんなが拍手をして喜び、負ければ沈黙する」という異様な雰囲気が館内に漂っていた。

 引退の予兆は場所前にあった。白鵬、鶴竜が休場して一人横綱として臨んだ九州場所で、1つも勝てず5日目から休場。場所後に横綱審議委員会から初となる「激励」決議を出された。「このままでは終われない。チャンスをください」と、師匠である田子ノ浦親方に直訴したものの、初場所前の横綱審議委員会による稽古総見では、稽古不足を露呈した。

 こうした背景から、引退という結末に驚きはない。だが、横綱になってからの2年間ケガに苦しんだ日々のことを考えると、本人はもとより、周囲も相当無念だったに違いない。

 なぜ稀勢の里は、横綱として大輪の花を咲かせられなかったのか。「平成の大横綱」と言われた貴乃花(第65代横綱)と、彼と同じ時代を歩んだ白鵬(第69代横綱)が考えている「横綱の存在意義」「力士の鍛え方」という2つの視点から、その理由を分析してみた。

 

名門校から誘いを受けるほどの野球少年が選んだ「相撲への道」

 稀勢の里は1986年、兵庫県芦屋市で生まれた。その後茨城県に引越し、中学までは野球部に所属。「4番・投手」としてチームを牽引した。野球センスは茨城県内でも注目され、甲子園常連校の常総学院からスカウトが来たほどの実力だった。

 けれども、彼が選んだのは野球ではなく相撲だった。野球一筋で育ち、相撲経験は一切なし。それでも未知の世界を選び、傘、ジャージー、下着だけを持って、相撲界屈指の厳しさで知られる鳴門部屋(当時・元横綱隆の里)に入門した。

 本名の「萩原」でデビューすると、直後からメキメキと頭角を現す。17歳6ヵ月20日と戦後3位の年少記録で幕下優勝を遂げると、17歳9ヵ月と昭和以降2位の年少記録で十両昇進。さらに18歳3ヵ月と昭和以降2位の記録で新入幕を果たしたときに、しこ名を「稀勢の里」と改めた。

 この名は、当時の鳴門親方が横綱に昇進した1983年に、福井県・永平寺の貫主から送られた「作稀勢(さきせ・稀な勢いを作れという意味)」という言葉を、「将来、最も期待する弟子に命名しよう」と決め、自身の現役時代のしこ名である「の里」と組み合わせた。「将来は三役以上の力士に」と周囲の期待も高まった。

 

「打倒モンゴル勢」の先頭に立って奮闘するも……

 その後は小結、関脇まで昇進するも、なかなか「大関昇進」と「優勝」には手が届かない。当時は朝青龍(第68代横綱)、白鵬、日馬富士(第70代横綱)、鶴竜(第71代横綱)とモンゴル勢が上位を席巻していた。

 彼らを倒さぬことにはさらなる飛躍はない――。稀勢の里は「打倒モンゴル勢」の最右翼として、2010年の九州場所では白鵬の連勝を63で止める大金星を挙げるなどして、存在感を見せた。

 一方で、自分より下位の番付の力士にあっさり負けるなど、脆さも見せていた。どんなに上位陣に勝っても、下位の力士に取りこぼしているようでは、さらなる昇進は望めない。

 新入幕から42場所をかけてどうにか大関の地位を手中に収めたが、肝心の優勝にはあと一歩、手が届かない。

 それを示すサンプルとして、大関になってから「13勝2敗」という好成績を残した場所が5回あったが、その時に優勝したのはいずれもモンゴル勢だった。しかも、2敗したうちの4場所で、必ず… 続きを読む… 続きを読む

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小山宣宏

小山宣宏

スポーツジャーナリスト

1973年千葉県出身。出版社、編集プロダクション勤務を経て、2007年に独立。近年は高校野球やプロ野球を中心とした取材・原稿が多い。『実は大したことない大リーグ』(江本孟紀/双葉社)、『日本人投手がメジャーで故障する理由』(小宮山悟/双葉社)、『名将の条件』(野村克也/SBクリエイティブ)、『3000安打の向こう側』(松井稼頭央/ベースボール・マガジン社)などの書籍を手掛ける。

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