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プロボクサー・井上尚弥の快進撃の裏にある「基礎」と「戦略」
2018.12.28

小山宣宏の「勝利の裏にあるもの」第24回

プロボクサー・井上尚弥の快進撃の裏にある「基礎」と「戦略」

著者 小山宣宏

 WBA世界バンダム級王者・井上尚弥の快進撃が止まらない。プロデビューから17戦負けなしで、通算KO勝利数の日本新記録を樹立した「ボクシング界の天才児」はなぜ勝ち続けられるのか。その強さの秘密を探ってみた。

 

圧巻のKO劇で、新記録を樹立

 2018年10月7日に横浜アリーナで開催されたプロボクシングのトーナメント戦「ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(以下WBSS)」。この大会への参加資格は「WBA(世界ボクシング協会)、WBC(世界ボクシング評議会)、IBF(国際ボクシング連盟)、WBO(世界ボクシング機構)のいずれかの世界王者、または、世界ランキング15位以内のもの」と定められている。

 まさに「世界最強のボクサー」を決める大会と言っても過言ではないこのトーナメント戦のバンタム級1回戦で、井上とファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)が対戦した。結果は1ラウンド開始からわずか70秒のKO劇。まばたきをする間に、井上のワンツーがさく裂すると、パヤノは棒のように倒れ、そのまま起き上がることはなかった。リング上からリプレーを眺めた井上は、あまりのスピード決着に、ただただ笑うしかなかった。

 世界戦における70秒でのKO劇は、日本人選手では最速記録。さらに、世界戦連続KO勝利数(7回)で具志堅用高の6回を、通算KO勝利数(11回)では内山高志の10回を超え、いずれも日本新記録となった。

 プロデビュー後、17試合を戦って17勝0敗。そのうち15試合がKO――。「モンスター」と称された彼の強さの理由は何なのか。彼のこれまでの人生を紐解くと、少年時代に重ねた基礎練習や、減量ではなく適正体重にこだわった戦略が鍵となっているようだ。

 

繰り返された「基本練習」の意味

 1993年4月に神奈川県で生まれた井上は、小学校に上がる時にそれまで習っていたサッカーを辞め、ボクシングを始めることにした。その理由は「自分の直感だった」という。

 彼が生まれた翌月、Jリーグが誕生した。地元の神奈川県には当時、横浜マリノス(現・横浜Fマリノス)と横浜フリューゲルス(※1999年2月に、横浜マリノスに吸収合併される形で消滅)といった人気チームがあった。サッカーを志す少年が多い中、ボクシングを選択したのは、ほかならぬアマチュアボクサーだった父が、ボクシングジムを経営していて、その面白さを間近で感じたからだった。

 だが、父が幼い息子に徹底的に教えたのは、ボクシングの技術ではなく、基本練習を繰り返させることだった。その代表的なものが構えとステップ。一見すると派手そうに見える「パンチを繰り出す動き」は一切教えなかった。

 大きな鏡の前で、何度も何度も構えとステップを繰り返させる――。退屈な練習ばかりで集中力が続かないと、そのたびに父から叱責された。「当時は泣きながら、毎日練習していた」ことを、井上自身も覚えている。

 単調な練習しかさせてもらえなかったのには、理由がある。井上の父はボクシングジムを経営する一方で、塗装業を営む職人だった。そのため、「1つ1つのことがしっかりできるようになってからでないと、次の段階には進めない」という教えを師匠から受けてきた。つまり、塗装業もボクシングも「基礎が大切」だと考えていたわけだ。

 構えとステップがある程度できるようになってからは、足を止めてジャブとワンツー。それができるようになったら、次はそこにステップを入れる。基礎から基本、応用へと発展させていった。

 父の情熱が強すぎると、子どもがその重荷に耐え切れなくなるというケースもあるが、井上家にはそうした事態が一切発生しなかった。それは父が、「自分が子どもの立場ならどう感じるか」と自問して、息子と接していたからだ。

 親だからと言って、一方的に叱っていたわけではない。ときには「よくなったね」「強くなったぞ」と褒め、言葉のアメとムチを使い分けていた。そう思ってもらうために、日常生活でも親子の会話を大事にしてきた。

 そしてもう1つ、「父が口だけではなく、実際に見本を示してくれた」ことも大きかったと井上は言う。井上自身の練習を見るのは半分、残り半分は父が100パーセント追い込んで、サンドバッグを打ち込む姿を目の当たりにしていた。先に触れた通り父はアマチュア選手であったこともあり、自身も日々トレーニングメニューをこなしていた。サンドバッグに100%の力でパンチを打ち込む父の姿は、最高のお手本となっただろう。「お父さんがこれだけやっているんだから、自分はもっと頑張らないといけない」と思える環境が、そこにあったのだ。

 さらに井上は、父から「ボクシングで仮に強くなったとしても、人の心の痛みがわかる人間になってほしい」ということを教わった。強くて威張るのではなく、強いからこそ人に優しくなれる――。人間として大切な部分を父から教わったことが、井上の真面目な人柄にもつながっているのは間違いない。

 

不器用な世界チャンピオン・川嶋から学んだもの

 父の教えを受けた井上は、着実に成長。高校時代にはアマチュア大会で数多くのタイトルを総なめにし、卒業後は迷うこと無くプロ入りを決意する。所属ジムには、元プロボクサーである大橋秀行が経営する大橋ボクシングジム(以下大橋ジム)を選択した。

 現役時代、「150年に1人の天才」と評されたカウンターパンチャーの大橋は、WBA、WBCのミニマム級(47.627キロ以下)の世界チャンピオンに輝いた実績を持つ。そんな彼が、世界チャンピオンになる条件として挙げるのが、… 続きを読む… 続きを読む

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小山宣宏

小山宣宏

スポーツジャーナリスト

1973年千葉県出身。出版社、編集プロダクション勤務を経て、2007年に独立。近年は高校野球やプロ野球を中心とした取材・原稿が多い。『実は大したことない大リーグ』(江本孟紀/双葉社)、『日本人投手がメジャーで故障する理由』(小宮山悟/双葉社)、『名将の条件』(野村克也/SBクリエイティブ)、『3000安打の向こう側』(松井稼頭央/ベースボール・マガジン社)などの書籍を手掛ける。

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