ここ5年間、ツアー勝利から遠ざかっていたタイガー・ウッズが、9月下旬に行われたアメリカ男子プロゴルフツアー・プレーオフシリーズ最終戦で、鮮やかに復活優勝を遂げた。果たして「タイガー復活」は、なぜ起こったのか。

 その背景に浮かぶ「スイングコーチ」の重要性について、あらためて考察してみる。

 

「また勝てる日が来る」と信じていたウッズ

 世界中のゴルフファンが待ちに待った瞬間が、1876日ぶりに訪れた。

 ウッズが2位に2打差をつけて迎えた最終18番のグリーン周辺。大観衆が一斉に、「U・S・A!」「TIGER!」と連呼する異様なムードに包まれる中、希代のスーパースターは、冷静に15センチのパーパットをカップに沈めた。

 2013年8月以来のツアー優勝。両手を広げて万歳し、泣かないように必死だったウッズ。これほど勝てない日々が続いたことは、プロデビュー以来、一度もなかった。

それでもウッズは、「また勝てる日が来る」と己を信じていた。5年前に勝ったときの違いを報道陣から聞かれると、「こんなにスマホをかざされた優勝は、今回が初めてだったよ」と、冗談交じりに答えた。

 苦しい時期から解放された彼の表情は、これまで見せたことがないほど安堵していた。

 

栄光から破滅への道を辿ったウッズのゴルフ人生

 プロゴルフ界の選手のことをよく知らなくても、「タイガー・ウッズ」の名前をご存知の方は多いはずだ。

 1975年にカリフォルニアで生まれたウッズは、生後9ヵ月でゴルフを始めた。そしてアマチュア最高峰の大会である全米アマチュア選手権で、前人未到の3連覇を達成する。

 21歳でプロに転向すると、96年にラスベガス・インターナショナルで初優勝。翌年は史上最年少となる4大メジャー大会の1つであるマスターズの優勝と、この年の賞金王を獲得した。そして2000年の全英オープン初優勝で、史上最年少となる24歳で4大メジャー大会(マスターズ、全米オープン、全英オープン、PGA選手権)全制覇を果たした。アメリカツアーの獲得賞金は、2018年9月時点でおよそ129億円にのぼる。

 90年代から2000年代半ばまで、ウッズは大きなスランプとは無縁だった。数ヵ月でも勝てない時期があったとしても、「たまたまそういう時期にぶつかっただけだ」と周囲から言われていた。

 事実、アメリカのあるテレビリポーターは、「ウッズがスランプに陥っているとしたら、それはビートルズが1964年のある週に、ヒットチャートで1位になれずに下降線を辿っていると言われたのと同じだ」と冗談めかして語っていたほどだ。

 順風満帆のウッズのゴルフ人生に陰りが見え始めたのは、2009年から。11月にプライベートのスキャンダルに端を発した交通事故を起こし、無期限のツアー欠場を表明。2010年に復帰し、13年にはツアー5勝を挙げて復活の兆しを見せるも、その後は腰のケガと手術を繰り返し、予選落ちや棄権が多くなっていく。

 挙げ句の果てに、17年には使用していた治療薬の影響で、職務質問中にろれつが回らなくなり、運転マナー違反として警察に逮捕されてしまった。

 まさに、ウッズは絵に描いたような栄光から破滅への転落人生を歩んでいたのだ。この時期、多くのメディアから「引退」の2文字もささやかれ、まさに崖っぷちに追い詰められていく。

 

あえて、スイングコーチをつけた理由とは

 逆境から這い上がる――ウッズは、立ち上がり、再び栄光への道を歩んでいこうと懸命だった。それを支え続けたのは、ほかならぬスイングコーチだった。… 続きを読む

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小山宣宏

小山宣宏

スポーツジャーナリスト

1973年千葉県出身。出版社、編集プロダクション勤務を経て、2007年に独立。近年は高校野球やプロ野球を中心とした取材・原稿が多い。『実は大したことない大リーグ』(江本孟紀/双葉社)、『日本人投手がメジャーで故障する理由』(小宮山悟/双葉社)、『名将の条件』(野村克也/SBクリエイティブ)、『3000安打の向こう側』(松井稼頭央/ベースボール・マガジン社)などの書籍を手掛ける。

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