プロ野球・パリーグの埼玉西武ライオンズ(以下、西武)が、10年ぶり16度目のリーグ優勝へ快進撃を続けている。一昨年から3シーズン続けて下位を彷徨っていたチームは、なぜ躍進を遂げられたのか。就任1年目の昨季に2位へ導き、今季も絶好調な辻発彦監督の手腕に迫る。

 

「名選手」は必ずしも「名監督」とはならない

 就任2年目となる辻は、現役時代に西武の黄金期を築いた一人であり、かつ指導者としても豊富なキャリアを持つ人物である。

 辻は佐賀東高校、社会人野球の日本通運浦和を経て、1983年のドラフト会議で西武から2位指名を受けて入団。名二塁手として、80年代から90年代前半にかけての西武黄金期を支えた。その後、96年にヤクルトに移籍して99年に現役を引退した。

 2000年からは2年間、ヤクルトで二軍守備・走塁コーチ、02年から3年間は横浜(現DeNA)で二軍守備・走塁コーチと打撃コーチ、2006年の第1回ワールド・ベースボールクラシックでは内野守備・走塁コーチ、そして2007年から8年間、中日で二軍監督や一軍内野守備・走塁コーチを務めた。

 16年に渡る現役生活の間で10回のリーグ優勝、7度の日本一を経験。指導者としてもキャリアを積み重ね、満を持して2017年から西武の一軍監督に就任した。

「これだけの実績、キャリアを積まれていたのだから、勝てて当然だろう」と思う人がいるかもしれないが、それは大きな間違いだ。スポーツ界には、「名選手、名監督にあらず」と昔から言われ続けている格言がある。どんなに現役時代に優秀な成績を残しても、指導者という立場になった途端、まったく成果を挙げられなかったというケースは少なくない。

 なぜ名選手は名監督になれないのか。その理由として挙げられるのが、「自分はこんな簡単にできたのに、どうしてできないんだ!」というジレンマから、つい熱血的な指導に走りがちになること。その結果、指導者として持ち合わせていなければならない「正しいコーチングのスキル」が身についていないからだ。

 その点、辻には「正しいコーチングのスキル」が備わっていた。それには彼がこれまで歩んできたキャリアが大きく関係している。

 

「選手の自主性を重んじた」指揮官の育て方

 現役時代、辻は広岡達朗、森祇晶(ともに西武時代)、野村克也(ヤクルト時代)から指導を受け、指導者に転身後は中日で落合博満(当時監督)とともに仕事をしている。この4人に共通しているのは、「暴力による指導をよしとしていなかった」点である。

 今年に入ってから、スポーツ界では暴力問題が尽きない。女子レスリングに始まり、アメリカンフットボール、ボクシング、大学駅伝、女子アイスホッケー……と、同じような理由で組織のトップや指導者が相次いで辞任した。指導者から選手に対する言葉の暴言、ひどいものになると身体を殴るというものもあった。

 たしかにひと昔前、平成に入って初期の頃までは鉄拳制裁による指導も「アリ」だと黙認されていた。だが、辻が現役をスタートした1980年代は、昭和の終わりの頃の話だ。そのときにはすでに、西武というチームは暴力を含めた指導は一切していなかった。

 なぜ暴力による指導がなかったのか――。それは、監督が… 続きを読む

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小山宣宏

小山宣宏

スポーツジャーナリスト

1973年千葉県出身。出版社、編集プロダクション勤務を経て、2007年に独立。近年は高校野球やプロ野球を中心とした取材・原稿が多い。『実は大したことない大リーグ』(江本孟紀/双葉社)、『日本人投手がメジャーで故障する理由』(小宮山悟/双葉社)、『名将の条件』(野村克也/SBクリエイティブ)、『3000安打の向こう側』(松井稼頭央/ベースボール・マガジン社)などの書籍を手掛ける。

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