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呉の4番手として登場、窮地を救った秘密兵器・陸遜
2015.12.21

上永哲矢の「三国志、歴史を変えた決断」第29回

呉の4番手として登場、窮地を救った秘密兵器・陸遜

著者 上永 哲矢

 魏の曹操、蜀の劉備に次ぐ第3勢力、呉の孫権に仕えた有力な人物のひとりとして活躍した陸遜(りくそん)。呉の人物にふさわしく、呉県地方(現在の中国東海岸にある江蘇省蘇州市)で名を知られた豪族・陸家に生まれた。

 

37歳にしてようやく表舞台に登場

 自分より1歳年下の陸遜を孫権は気に入り、兄・孫策の娘を嫁がせている。当時20歳を超えたばかりだった孫権にとって名門陸家との濃いつながりは、乱世を生きるうえで大きなメリットになっただろう。

 ただ前半生、陸遜はあまり表だった活躍をしていない。領地内の反乱勢力の鎮圧戦で大きな戦果を挙げていたが、どちらかといえば「足場固め」の役を任される程度だった。よって劉備軍や曹操軍はおろか、呉でも陸遜を評価する人は少なかったようだ。

 そんな陸遜の事実上のデビューは、彼が37歳を迎えた西暦219年、荊州南郡への侵攻作戦である。蜀将の関羽が北上している隙を突いて荊州を奪い取ろうというものだ。この時、最前線にいた総責任者・呂蒙(りょもう)が、関羽の警戒心を解くため「病気になった」と偽って一旦引き揚げることになった。この時、呂蒙が自分の後任として抜擢したのが陸遜である。呂蒙は陸遜と話してみて、彼が優れた将才を持っていることを見抜くと、孫権の許可を得て陸口(りくこう=蜀の領地との境に位置した)へと赴任させたのだ。

 陸遜はここで決断を下す。… 続きを読む… 続きを読む

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上永 哲矢

上永 哲矢

歴史著述家・紀行作家。日本の歴史、および『三国志』をはじめとする中国史の記事を多数手がけ、各種雑誌やWEBサイトに寄稿、連載を持つ。全国各地の史跡を取材し、城や温泉にも造詣が深い。著書に『三国志 その終わりと始まり』(三栄書房)、『偉人たちの温泉通信簿』(秀和システム)など。神奈川県出身。

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