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山岡鉄舟に学ぶ「自分にルールを課す」ことの重要性
2015.01.02

明治を駆け抜けた偉人達第2回

山岡鉄舟に学ぶ「自分にルールを課す」ことの重要性

著者 南 関太郎

 激動の時代、明治を駆け抜けた偉人達を紹介するこの連載。第2回目は、勝海舟や高橋泥舟とともに「幕末の三舟」としても知られる「山岡鉄舟」を紹介します。

 

江戸無血開城の隠れた立役者、山岡鉄舟

 山岡鉄舟は幕末から明治にかけての剣客・幕臣であり、剣の道・禅の道においては当代随一の実力を誇り、明治天皇からの信頼も厚かった人物です。

 彼の一番の偉業は、「江戸城の無血開城」に貢献したことです。幕末、長州藩や薩摩藩らを中核とした新政府軍が江戸幕府に攻め込んでこようとした時、幕府の重臣だった勝海舟は、江戸の町を火の海にすることは避けなければならないとして、山岡鉄舟を使者として、薩摩藩の西郷隆盛に遣わします。山岡鉄舟は決死の覚悟で新政府軍の陣を駆け抜けて西郷隆盛に面会し、見事説得に成功して、江戸を戦に巻き込むことなく、新政府軍へ明け渡します。

 この江戸城無血開城の立役者は、今では西郷隆盛と勝海舟が行ったことのように思っている方も多いかもしれませんが、実際には鉄舟が西郷を説得しなければあり得なかったことでした。

 

15歳で定めた、自らを修めるための志

 鉄舟は様々な逸話や文章を残していますが、どれも非常に含蓄に富んでいるものです。どれを挙げようか迷うところですが、ここではひとつ、鉄舟が十五歳の頃に自分の志としてしたしめた「修身二十則」を挙げてみましょう。鉄舟はまだうら若き十五歳の春に、自分の身を修めるために20のルールを設けました。ちょっと長くなりますが、ご一読ください。… 続きを読む… 続きを読む

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南 関太郎

南 関太郎

フリーライター

2011年よりフリーライターとして執筆を開始。日本の歴史を中心に、ビジネス、経済などの分野においても執筆している。

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