温故知新――故き「ビジネス書」を温ねて、新しき「経営課題」を知る連載の最終回は、他者の利益と、自己の利益の関係に注目します。
日本では、宗教家の最澄、親鸞、道元などが、他者の利益こそが自分の利益であるという「自利利他」の教えを広めました。「自利」は自分の利益や自我です。「利他」は他者や社会の利益です。この自利利他のビジョンは、江戸時代に商業心得を生み、明治時代に商業道徳と結びつき、昭和に入ると禅を学んだ経営者による実践に活かされました。
西洋でも、20世紀に入ると「他者に有益なサービスを提供する」「他者の立場に立つ」などの成功哲学があらわれます。この「利他」を目指す哲学は、「顧客満足」「ニーズに応じて利益をあげる」といった経営学の理念を生み出しました。
古今東西の経済人の名言を読み取りながら「自利利他」の発想がどのように進化してきたか、みていきます。
近江商人も渋沢栄一も「自利利他」の発想で成功した
日本において、自利利他の発想でビジネスに成功した例として、まずは「近江商人」を紹介しましょう。
近江商人は江戸の三大商人のひとつ。彼らは織田信長による楽市楽座の拠点であった近江(滋賀県)に本店を置き、天秤棒をかついで他国に行商をしました。近江商人の心得には仏教の影響があり、親鸞のいう「自利利他の円満」が目標とされていました。この自利利他の円満というビジネス・マインドは、「売り手良し、買い手良し、世間良し」(三方よし)という、近江商人のミッション・ステートメント(経営理念)を生み出し、日本中で信頼を得る秘訣となりました。
別の例としては、第2回目で取り上げた「渋沢栄一」の例もあります。日本の株式会社の父である渋沢栄一(1840年-1931年)は、経済と道徳を調和させる、という商業道徳を唱えました。
「強い思いやりを持って、世の中の利益を考えることは、もちろんよいことだ。しかし同時に、自分の利益が欲しいという気持ちで働くのも、世間一般の当たり前の姿である。(略)この道理と欲望とが、ぴったりくっついていないといけない」(渋沢栄一『現代語訳 論語と算盤』(ちくま新書827,2010年)p.86, 89)
渋沢は「自利(経済・欲望)」と「利他(道徳・思いやり)」を異なるものととらえたうえで、その調和を求めました。渋沢は商業道徳を自ら実践し、多数の人材と資金を集め、日本近代化に必要な多数の株式会社の設立というイノベーションを起こしました。
富を得たいという「自利」が、有益サービスを提供するという「利他」を生む
“成功したければ他者の役に立て”という法則は、西洋では20世紀に、自己啓発・成功哲学から経営学・マーケティングへと進化していきました。その中で注目したいのが、アメリカの作家、ナポレオン・ヒルです。
『思考は現実化する』(1937年)の著者であるナポレオン・ヒル(1883年-1970年)は、“巨富を得たい”という人間の欲望を正面から肯定し、読者にその目標金額と達成期限を計画させ、その目標に向けた意思を繰りかえし自分の潜在意識に語りかけるべきだ、という成功哲学を生み出しました。
一見すると「自利」の極地のようですが、実際は「自利利他」です。ナポレオンは次のように述べています。… 続きを読む