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故・野村監督が選手に要求した「努力の方向性」とは?
2020.03.16

小山宣宏の「勝利の裏にあるもの」第43回

故・野村監督が選手に要求した「努力の方向性」とは?

著者 小山宣宏

 戦後初の三冠王であり、指導者としては3度の日本一に輝いた野村克也氏が2月11日午前3時半、虚血性心不全のため、84歳で死去した。

 多くの言葉に彩られたその野球人生はプロ野球界に多大な影響を与えた。楽天監督を退任後は、数多くの書籍を出版し続け、その言葉の数々は一般のビジネスマンに響くものが多かった。

 私も2004年の社会人野球・シダックス監督時代から10年以上取材を続け、書籍制作でも数多く一緒に仕事をさせていただいた。南海時代に始まる数多くのエピソードを聞くことができた。

 今回はその中から、野村氏が選手に対して特に要求した「努力の方向性」について、2人の選手のケースから分析したい。

球界で後進指導を続ける「野村チルドレン」

 野村氏は野球界に多くの功績を残した。選手としては65年における戦後初の三冠王を筆頭に、史上3位となる通算2901安打、本塁打王9度、打点王7度、MVP5度。監督としても、当時、弱小と言われたヤクルトを4度のリーグ優勝、3度の日本一に導いた。

 それだけではない。監督を務めたヤクルト、阪神、楽天を中心に「野村チルドレン」と呼ばれる教え子たちを数多く育てた。彼らは「ノムラの教え」をヒントに、今なお将来性豊かな選手たちを指導し続けている。

 しかし、弱いチームを指揮する機会も多かったことから、常に勝ち続けてばかりというわけではなかった。野村監督の生涯にわたる成績は1565勝1563敗76分で、勝率はほぼ5割。特に「1563敗」という数字は、プロ野球歴代監督の中でも断トツだ。

 だが、野村氏はこの1563敗という数字を「勲章だ」と言ってはばからなかった。その理由は明快だ。

「それだけ私を必要としてくれた場所があったということ」

 結果だけが求められるプロの世界において、数多くの敗戦を重ねることは、数多くの勝利を重ねるよりも難しい。なぜなら、負けてばかりの監督はすぐに首を切られるからだ。

 野村氏は、たとえ負け続けながらも、プロの世界で常に求められてきた。弱いチームばかりを率いる中での数多くの敗戦は、自身にとっての大きな財産なのだ。

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