デジタル改革を推進するべく最初に取り組んだのが、『デジタル基盤の強化』でした。ここでいう基盤とは、各種データの統合・解析を担うシステム基盤と、データサイエンティストなどの採用や育成ならびに社員の改革マインドを醸成するという人財の基盤、その両方の基盤強化を意味します。
従前のIT基盤は、複数のオンプレミスシステムで構成されていたため、研究・解析に必要な環境を整えるだけで数ヶ月もの期間が必要で、これが開発期間長期化の一因となっていました。その課題を解決するべく、新たに構築された全社データ利活用基盤が「CSI(Chugai Scientific Infrastructure)」です。CSIはクラウドベースのAWSを活用することで、短期間にセキュアな環境を構築できる柔軟性と、外部との共同研究を容易にする拡張性を有しています。このCSIが整備されたことにより、従来6カ月ほどかかっていた共同研究に必要なIT環境の構築が約2週間で完了できるようになり、約90%の導入コスト削減が可能になったといいます。
「安価で柔軟かつ安定して運用できるようCSIのチームが相当AWSのデザインやツールを工夫しましたが、最後まで苦労させられたのがセキュリティでした。特に外部との接続部分は、近年のクラウドを取り巻く環境やツールの進化により初めて実現できたもので、数年前なら実現不可能でした。
具体的には、各データのセキュリティレベルを多段階に設定してレベルごとに認証の必要性などを規定することで実現しています。もちろんシステムの工夫もありますが、例えば、ゲノム情報を扱う際のセキュリティレベルや認証方法、ユーザー管理方法などのポリシーを社内のデジタルコンプライアンス委員会で規定するなど、ハードとソフトの両輪からアプローチしたことで、ようやく実現できた仕組みと言えます」
デジタル人財の育成については、2019年10月に組織された全社のデジタル戦略を司るデジタル戦略推進部を中心に進められました。30代で抜擢されたやり手の部長を筆頭に、旧情報システム部や臨床開発本部、バリューチェーンを担う若手・中堅メンバーに加え、広告代理店出身者、他社でセキュリティやデータサイエンティストなどの経験を積んだキャリア採用組から精鋭が集められ、先頭を切って全社のデジタル戦略を推進していきました。
「社内から素養のある社員を見つけ出して高いスキルを要するデジタル人財として育成するべく、デジタル戦略推進部のメンバーが各本部にヒアリングをかけて社員のスキルを棚卸しました。スキルレベルに応じた育成プランを作成しており、今後データサイエンティストやデジタルプロジェクトリードを担える人財を育成していきます」

2020年2月には、人財育成とイノベーション創出を兼ねた「Digital Innovation Lab (DIL)」をスタート。これは社内の組織や個人からデジタルを活用した業務効率化や新規事業のアイディアを公募し、審査を通過したプランに予算を付けてPoCを実施し、その結果が良好であれば本番開発まで行うという仕組みです。その狙いは、社員のモチベーションを高めるとともに、PoCを通じてOJTでデジタルスキルを育成し、イノベーションを起こすことにあります。
「すでに営業本部、研究本部、臨床開発本部、コーポレート部門など全ての部門から150件ものアイディアが寄せられ、実際に予算がついた案件も多数生まれました。この中から将来バリューチェーン改革に貢献する大玉がでてくることを期待しています」