
岸 博幸(きし ひろゆき)
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。一橋大学経済学部卒業後、通商産業省(現経済産業省)に入省。以降、経済財政政策担当大臣、総務大臣などの政務秘書官を歴任する。現在はエイベックス取締役、ポリシーウォッチ・ジャパン取締役などを兼任。著書に『アマゾン、アップルが日本を蝕む』(PHP出版)、『ネット帝国主義と日本の敗北』(幻冬舎)など。
元経済産業省(通産省)官僚で現在もさまざまな政策提言を行っている岸博幸氏が、スマートシティを軸に日本のデジタル化やコロナ禍以降の経済・社会の変化について直言する。
デジタル化された「スマートシティ」は、イノベーション創出の起点になりうる
―― AI、IoTなどのデジタル技術やデータを活用する「スマートシティ」が官民で推進されていますが、現時点の進捗状況について教えていただけますか
スマートシティは、先進的なデジタル技術を活用して社会全体を効率化・高度化し、各種の課題解決を図ることを目的としています。スマートシティ自体は、日本独自のモデルではなく新型コロナウィルスの流行以前から世界各地で進められており、典型的な事例が中国の「未来科技術城(ウェイライカージーチャン)」です。
アリババが本社を構える杭州の「未来科技城」は、リアルタイムの交通ビッグデータをもとに信号も最適化されているため渋滞が起きることはなく、新型コロナウィルスの感染者データを位置情報含めて把握して感染防止対策を行うなど、最先端のデジタル技術が投入されているスマートシティです。「未来科技城」の事例からもわかるように、デジタル技術を活用すると社会の一機能ではなく、社会全体の機能を拡張することができます。残念ながら日本は取り組みが遅れていて、現時点でも会津若松以外あまり成功した事例はありません。
―― スマートシティはイノベーションを生む装置になるのでしょうか
スマートシティという枠をつくれば、製造業でも、サービス業でも、さまざまな実験的取り組みができ、日本発のイノベーションを創出できる可能性があります。特に、コロナ禍以降は今まで以上にイノベーションが生まれやすくなるはずです。
100年に一度あるかないかのコロナ禍は、社会や経済に大きな構造変化をもたらしました。特に大きな構造変化がデジタル化です。コロナ禍以前の20年間、日本は「デジタル後進国」と呼ばれていましたが、100年に一度の危機を回避するべく、既得権益の反対で進まなかった企業のテレワークや学校の遠隔教育、フルスペックの遠隔医療、デジタル庁の創設などの変革が、時代を10年早回しするスピードで進みました。
シュンペーターが言うようにイノベーションとは「新結合」ですから、結合するエレメントが集めやすくなれば、当然イノベーションは起きやすくなります。例えば、情報や知識はデータ化されて入手しやすくなり、ものづくりは3Dプリンターで簡単にプロトタイプがつくれるようになり、クラウドファンディングで資金も調達しやすくなります。社会全体にデジタル技術を取り入れるスマートシティは、こうしたエレメントが集めやすいのでイノベーション創出の起点になりうると思います。
―― しかし、現在のスマートシティ構想は、多くの市民にとって“自分ごと化”されていないと感じます
「スマート」のような抽象的な横文字を使うから正しいニュアンスが伝わらないのだと思います。社会にデジタル技術が導入されることで、市民生活がどう便利になるのか、わかりやすい説明をしながら進めればよかったのですが、そうなっていないのが現状です。今後、地方でも数多くのプロジェクトが計画されていますが、どうやって地元住民の理解を得るかが、最大の難関かもしれません。