新型コロナウイルスの流行により、我々は非対面・非接触での社会活動を強制されていますが、その結果、徐々に企業のDXは進みつつあります。
しかし、前回の記事で述べた通り、DXが本当に大きな効果を発揮するためには、デジタル技術を導入するだけでは不十分です。技術以外に必要なもの、その筆頭が人材と組織です。デジタル技術の急速な発展に追従し、これを使いこなせるような人材と、その人材が縦横無尽に力を発揮できるような組織、この二つを早急に確保することが企業にとっての急務になります。
DX人材の育成とDX組織の整備は、どのようにすれば良いのでしょうか。今回はこの二つのテーマについて述べていきます。
DX人材とは、技術理解だけでなく「ビジョン」を創れる人材
2012年に経済産業省でまとめられた「産業構造審議会情報経済分科会人材育成WG報告書」というレポートの中で、これからの時代に求められる次世代高度IT人材像が示されています。このWG(ワーキンググループ)活動には筆者も委員として参加しましたが、当時としてはかなり先進的なもので、DX人材を語る上ではとても参考になります。
資料の冒頭に、「異分野とITの融合領域においてイノベーションを創出し、新たな製品やサービスを自ら生み出すことができる人材」を育成することが喫緊の課題だということが述べられていますが、この人材はそのまま今でいうDX人材と考えていいと思います。
レポートでは、次世代高度IT人材に求められる能力として、「IT関連能力」と「事業創造能力」が並行して示されています。デジタル技術を熟知しているということだけでなく、それを活用して新しい事業・サービスを生み出せる能力が同時に求められるということでしょう。
もうひとつ、2020年に出版された「DX経営戦略」という書籍を紹介します。これはMITスローンマネジメントが行った大規模なアンケートやインタビューをまとめたもので、大きなテーマとしてDX人材やDX組織について論じています(筆者も翻訳のお手伝いをしました)。
この書籍では「DXで成功するために、組織のリーダーがもつべき重要なスキルは」という設問のアンケートを行っています。多く得票した順に①「変革ビジョン(市場やトレンドの知識、ビジネス的慧眼、問題解決能力)、②「前向きであること(明確なビジョン、健全な戦略、先見の明)」、③「テクノロジーの理解(事前の経験、デジタルリテラシー)」、④「変化指向型(オープンマインド、適応性、イノベーティブであること)」というスキルが並びます。
DX人材というと、とかくデジタル技術に関するスキルを最初に思い浮かべてしまいがちですが、このアンケートでは最上位に出てきませんでした。さらに言えば、ここでいう「テクノロジーの理解」も、高度な技術の習得というよりは、もっとベーシックなものを示すように見えます。技術を活用するために必要十分なことが理解できればよいという意味だと思います。
そして、より重要なのは、自組織をどのように変革していくかというビジョンを創造できるスキルがあることです。確かにこの変化の激しい環境の中で、どこに向かうのが正解かは、過去の経験からは類推できません。
五里霧中の中でも、向かうべき方向を自らの度量をもって判断し指し示すことができるかどうかが、何よりリーダーに問われるということは、とても納得できます。加えて不確実な環境下においても、前向きな姿勢で変化に対して即応できる人材が望まれているということになります。前述の経済産業省の報告書の中でも、求める人材に必要な能力として「未来ビジョン構築力(今後目指すべき未来ビジョンや理想像を明確かつ具体的に描くことができる)」が挙げられていました。
デジタル技術の原理を理解するとともに、それを活用した将来ビジョンを創り出すことのできる人材、これが理想的なDX人材像だといえます。