――もし日本企業がデータを集めることに成功した場合、そのデータを、どのように使うことが重要だと考えますか?
宮田:DXを成し遂げるために、最も大事なことは、ユーザーに提供する体験の本質を深く考えることです。
日本には“モノづくり立国”の神話が根強く残っていますが、もはやモノだけを売る時代は終わりました。単に自社の製品やサービスをデジタル化するだけでは意味はなく、デジタルの力やデータの力をユーザーに喜ばれる体験に昇華させない限り、海外のディスラプター(破壊的な革命を起こす企業)に勝つことはできません。
企業が提供できる体験の本質を見つめ直すためには、先行したDXの成功事例から学ぶことも重要です。
たとえばGoogleの検索エンジンは、「質の高い情報に瞬時にアクセスできる」という体験を実現しています。AmazonのECサイトは、「必要な商品が簡単に購入できて、すぐに手元に届く」という購買体験を提供しています。
世界最大の生命保険会社のひとつである中国平安保険は、病気やケガへの「補償」という保険会社の枠組を超えて、アプリを通じてユーザーの病状に応じた最善の医療機関や医者へのアクセスをサポートして「治る」という体験を提供しています。これに加えて、適度な運動などを促して健康づくりを支援して「病気にならない」体験も提供しています。
これらのDXの成功事例に共通するのは、デジタルによるパーソナルデータの活用でインパクトのある体験を生み出していることです。この体験がユーザーに対する引力となり、さらなるデータドリブンにより、サービスの価値を高めていくことになります。
データドリブンの例としてわかりやすいのは、Apple Musicです。契約して音楽を聴いて、レコメンド機能に対して“良い/悪い”と答えを返していくと、ある日聴いたことがないけれど、非常に気に入った音楽がかかるようになります。本来なら世界中のライブハウスを回らないとできないような未知の音楽に出会える体験を、データの力を使って届けてくれるというわけです。
――データを活用し、ユーザーに「体験」を提供することが重要、ということはわかりましたが、とはいえどのような「体験」がユーザーに評価されるのか、頭を悩ませている企業も多いはずです。何かヒントとなるようなものを教えていただけますか。
宮田:難しい表現になりますが、「価値の解釈を、多元的にとらえること」が大事です。
たとえば、食やファッションの分野では、まだまだ世界的なプラットフォーマーが誕生していません。同分野で成功例がない理由は、“シンプルに、安いものを届ける”という一元的な価値しか提供できていないからと考えます。
食の分野であれば、少々高くてもおいしい料理が食べたい、あるいはヘルシーなメニューを選びたい、地産地消に貢献したい、といったニーズに対する多元的な価値に対応できれば、勝機はあるでしょう。ファッションの分野でも、効率性の一軸だけでは測れない、多元的な豊かさが求められるため、同じことが言えます。データの力を使えば、まだまだ十分にチャレンジする余地はあると思います。
先ほど、パブリックヘルスの概念や、健康という価値軸を加えないと、あらゆるサービスは成り立たないと申し上げましたが、ヘルスケアの領域は日本市場と非常に親和性が高いと感じています。
たとえばアメリカは、WHO 2016年調査にて、人口の約31%が肥満である、という調査結果があります。そのため、まずはこの問題を解決することが必要になります。しかし同調査における日本の肥満率は4.5%と、非常に低い数値となっています。つまり日本では、健康に関わる問題が「肥満である」こと以外にもたくさん存在するというわけです。多元的な視点で市場を開拓できる可能性は大いにあると考えています。
残念ながら日本企業は、海外勢に比べると、「モノ」から脱却できているケースは少ない印象です。それでも、コマツは重機のプラットフォーマーとして成功していますし、ソニーはプレイステーション5によりVRなどでゲーム体験を革新するプラットフォーマーとして、世界をリードする可能性もあります。日本は5Gでは世界に後れを取りましたが、6G構想を掲げる次世代プラットフォームでは、NTTドコモにその座を狙ってほしいと思っています。
日本企業は、パーツでは筋の良い取り組みが多く見受けられます。そのパーツを軸にしたデータ活用で全面展開を図っていけば、筋のいいDXが生まれてくるでしょう。多元的な豊かさが求められる領域では、日本は世界をリードできる力が十分にあると考えています。 With/Afterコロナの時代に、日本企業がDXによって世界と渡り合っていくためのポイントとなるはずです。