――PoCに取り組むものの、思うような成果が得られないケースがあるのはなぜでしょうか?
森川:PoCのそもそもの目的を関係者間で共有できていないことが一因です。PoCの目的は一言でいえば、「テストマーケティング」です。顧客や市場に本当に受け入れられるのか、スモールスタートして技術的な課題やサービスの問題点などを明らかにしていくのです。映画の世界でいえば、ショートバージョンのパイロット版を製作し、それをもとにスポンサーなどを事前に募るようなものです。
――PoCに似た取り組みに「技術検証」がありますが、両者は違うものでしょうか。
森川:違います。PoCでは「顧客のニーズ」が重要です。モックアップを開発しながら、本当に顧客がそれを求めているのかを確認していく作業がPoCであり、技術が使えるかどうかを検証する取り組みではありません。「顧客ニーズ」を前提とせずにPoCを進めてしまうと、「ビジネスにおいて使い道のない」技術が次々と生まれるだけです。私たちはこれらを「PoCの屍」と呼ぶこともあります。
――ビジネスとして新しい価値を生み出す意識がPoCでは重要だということですね。
森川:そう言えますね。私自身がそれを実感したプロダクトがアマゾンの「Amazon Dash Button」です(現在は販売終了)。これは商品のロゴが描かれたボタンをキッチンの冷蔵庫などに付けておき、日用品の欠品などに気づいたときボタンを押すだけで補充注文できるというものです。
これを見たとき、私たちエンジニアは衝撃を受けたんです。なぜかというと、システム的には、ボタンを押せば注文できるわけではなく、ボタンにひも付けられたスマートフォンから注文しているからです。システム的に必然性のないボタン(ハードウェア)は非効率ですから、通常はスマートフォンで完結するように作るものです。しかし、彼らはあえてボタンというハードウェアを作ったわけです。
おそらく彼らはプロダクトをリリースするにあたって、顧客の行動やニーズを丁寧に分析したのでしょう。たしかに、家事の最中にいちいちスマートフォンを取り出してアプリを立ち上げ、画面を操作するのは面倒ですからね。
顧客に価値を提供するために、顧客ニーズをこのように考えているアマゾンの姿勢は、PoCに取り組む上で参考になるでしょう。