デジタル技術を使った新たなサービスや業務効率化のアイデアを検証するため、PoC(Proof of Concept:概念実証)を行う企業が増えています。
最近では、5Gやローカル5Gの登場によって、工場内のIoT機器やセンサーを無線で接続して制御したり、建築現場で重機を遠隔から操作するといったことへのPoCも進んでいます。
しかし、多くの企業のPoCに携わる東京大学大学院 工学系研究科の森川博之教授は「思うような成果が得られず、検証のまま終わってしまう、ビジネスに活かせずプロジェクトが停滞してしまうケースも少なくない」と語ります。
5GやIoTといったデジタル技術をビジネスにつなげるには、どうすればいいのでしょうか?PoCの進め方のコツを、森川教授に聞きます。
ネットフリックスの成功は、5GのPoCでも参考になる

東京大学大学院
工学系研究科教授
森川 博之氏
――5G、ローカル5Gの登場によって、高速大容量、多接続、低遅延といったネットワークの特長をビジネスにどう活かすか、という取り組みが注目されています。PoCにあたり、企業はどういったことを意識すべきなのでしょうか?
森川:例えば、IoTであれば、5Gによってこれまでよりも手軽にPoCを実施できる環境が整ってきています。IoTの活用領域を一言でいえば、「アナログ業務をデジタル化させる」ことです。ですから、PoCにおいて企業がまず考えるべきことは、「デジタル化されていない業務は何か」を洗い出すことです。
昨今、製造業が取り組もうとしているスマートファクトリー(工場のデジタル化)も根底は同じですが、5G、ローカル5Gという新たなネットワーク技術が登場したことで、今までは難しかった「工場内のあらゆる機器やセンサーを無線で接続する」「情報を一元的に収集・分析して遠隔操作で協調動作させる」といったことが技術的に可能になりました。そのため、製造業や建設業などモノづくりの現場でのPoCは、「どんな現場機能を中央へ移管できるか」を抽出して検証することがポイントになっています。
医療業界で話題となっている、ARやVRによるリモート手術支援も同じ発想です。
――将来的に、5Gはビジネスにどんなインパクトを与えるのでしょうか?
森川:5Gはあらゆる産業に「デジタル変革」をもたらすインパクトがあると見ています。しかし、こういった新たなインフラ技術は先を見通すのが難しいものです。
5Gの未来の話をするとき、私がよく引き合いに出すのはネットフリックスです。ネットフリックスが現在のストリーミング配信に移行したのは2007年です。当時アメリカのインターネット接続は、一般的なアナログ回線やケーブルテレビ回線を用いたものが主流でした。そのため、大容量高速通信を必要とするストリーミング配信は、当時多くの人が「上手くいかない」と思っていました。
しかしネットフリックスは、「テクノロジーは進化する」という信念を持っていました。将来インターネットは絶対に速くなり、ストリーミング配信を実現できるようになると。未来を見越した投資によって、今の成功につながっているわけです。
5Gもそれと似ていると感じています。例えば、現在は工場にローカル5Gのネットワークを構築しようとすると、数億、数十億円の投資が必要です。そうすると「無理に5Gを使わなくても4GやWiFiでいいじゃないか」という経営判断も出てきます。しかし、5年、10年先の5Gは、今よりもさらに通信性能が向上して、コストは4GやWiFiと同程度になっている可能性があります。将来を深く洞察して、強い想いで進めれば、新たなビジネスチャンスにつながる可能性があります。