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早大IT戦略研究所 根来龍之氏 「日本の大企業だけがDXに後れを取っているわけではない」
2021.06.04

デジタルトランスフォーメーションの実現へ向けて第67回

早大IT戦略研究所 根来龍之氏 「日本の大企業だけがDXに後れを取っているわけではない」

著者 Bizコンパス編集部

 世界規模でデジタルトランスフォーメーション(DX)が進む中、日本は「DX後進国」とレッテルを貼られ、取り組みの遅れを指摘されています。しかし、早稲田大学IT戦略研究所の根来龍之教授は「DXがうまくいかないのは、日本だけではない」と持論を主張します。

 根来教授は、日本に限らず大企業のDXが進まない原因について事例を交えて解説し、DXを成功させるために絶対に必要なことを示唆してくれました。根来教授の言葉は、DXの推進で悩んでいる企業の方々に、勇気と課題解決ヒントを与えてくれます。

根来 龍之
早稲田大学商学学術院<商学部・大学院商学研究科>教授。早稲田大学IT戦略 研究所所長。1952年三重県生まれ。京都大学卒業(社会学専攻)。慶應義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)修了。鉄鋼メーカー、英ハル大学客員研究員、文教大学などを経て、現職。専門はシステム方法論、情報システム論、戦略経営論の統合分野。

日本は「DX後進国」ではない。欧米や中国だってDXがうまくいかずに悩んでいる

―― 日本企業は「DX後進国」と言われていますが、DXが進まない原因はどこにあるとお考えですか

 私は日本のDXが遅れているとは思いません。「DX後進国」などといった言葉は、日本の謙虚な経営者が「自社のDXは遅れていると思う」とか「DXに着手したばかり」とアンケートに回答した結果や、一部の企業を取り上げたメディアの煽り文句によって生みだされた言説に過ぎません。実際、欧米や中国と比べて日本のDXが遅れているという客観的なデータは存在しないはずです。中国はFintechやペイメントが進んでいますけど、製造業のDXは日本の方が進んでいると思います。

 日本に限らず欧米や中国だってほとんどの大企業はDXが上手くいっていないんですよ。上手くいかない原因は、主に3つあります。第1は、製品市場における戦略矛盾・共食いの問題、第2は雇用や取引先に影響が大きいという問題、第3は、新規ビジネスと既存のビジネスの組織要素(必要な手順や組織文化など)が異なる問題です。大企業は、その3つの原因をすべて抱えていることが多いので、ベンチャーと比べるとDXの取り組みが遅く見えてしまうのです。

―― 第一の原因「戦略矛盾・共食いの問題」について、事例を絡めて解説をお願いします

 例えば、新聞業界では、紙から電子版への移行がDX戦略上の課題ですが、新聞を購読しているユーザーの大半が、今でも紙の方が良いと考えているから代替が進まないのです。もちろん徐々に電子版の方が良いという人も増えていますから、今後電子版による紙の部分代替が進み、最終的には完全代替に至ると考えられます。しかし、そのスピードを正確に予測することはできません。ただし、完全代替に時間が掛かり過ぎると、両方に資源を投入しなければいけないため経営は難しくなります。これが戦略矛盾・共食いの本質です。

―― 時間をかけて部分代替しているうちに、デジタルネイティブな新規事業者が参入して市場を奪われてしまうリスクがあるから、大企業は「DXが遅れている」と焦っているのではないでしょうか

 その状況は、業界によって異なります。例えば、大手新聞社は、「記者」という強力な資源を持っていますから簡単に市場を奪われることはありません。一方、テレビ局は厳しいでしょうね。なぜなら、テレビ局は、基本的にコンテンツづくりを外注しているからです。NetflixやHulu、Amazon Primeなどのネット系メディアは、その外注先と組めばハイクオリティなコンテンツをつくれますから、テレビ局はコンテンツ勝負になると厳しいでしょう。それに加えてネット系メディアは、放送施設などにコストをかける必要がなく、世界中の視聴者にリーチできるので視聴料を抑えても膨大な収益を上げられます。こういった構図の業界では、デジタルネイティブな競合が経営上の脅威になっていますね。

―― 第2の原因、雇用と取引先の問題について解説いただけますか

 ここでもわかりやすいので新聞業界を例に挙げますが、新聞ビジネスは紙の発行部数が減少すると、足元で系列販売店が赤字に転落し、雇用が損なわれてしまいます。販売店の経営破綻を避けるには、系列を超えた統合など抜本的な策が必要です。しかし、大手新聞社は今も系列店の雇用を守るために、DXが進められません。こうした構図は他の業界にも存在します。

 例えば、レンタルビデオ業界も、フランチャイズのレンタルショップは本部にとって重要な取引先です。本部はレンタルビデオをやめてもVOD(ビデオオンデマンド)などDXで生き残れますが、ショップ経営は破綻してしまいます。このように取引先が制約となってDXを進められないケースは、相当多いと思います。

―― 業界の利益や雇用を守るため、意図的にDXを加速させていない業界もあるのですね

 私は、この状態を「資源の余剰と不足が同時に生じる問題」と呼んでいます。新しいビジネスを始めるには、エンジニアやシステム、資本など新しい資源が必要になる一方、既存ビジネス側には資源の余剰が発生します。この資源の余剰と不足が同時に生じることが、DXの大きな特徴です。

 欧米は、雇用の流動性が高いこともあり、新しい人材を雇用すれば、片方でリストラすることは当然という認識があるので、大きな問題になりませんが、日本ではそうはいきません。日本の大企業は、既存事業の担当社員を新規ビジネスに異動させて、リストラなしで乗り切ろうとしています。古いビジネスに慣れきっている社員にDXをやれといってもうまくいくわけがありません。

―― ここまでの話を総合すると、高度成長期に日本が築き上げた終身雇用や系列などの独自システムが、DXを推進する際の重荷になっているように感じます

 その通りとも言えますが、それは日本に限った話ではありません。欧米にはちゃんと欧米企業の問題があり、DXがうまくいかず破綻した企業がたくさんあります。米国のおもちゃチェーン「トイザらス」や百貨店の「シアーズ」、レンタルビデオの「ブロックバスター」、英国の旅行代理店「トーマス・クック」などが、その典型例です。「トイザらス」は破綻しましたが、日本で同規模のリテールチェーンはほとんど破綻していません。「ブロックバスター」は破綻したけれど「TSUTAYA」は生き残り、「トーマス・クック」は破綻したけれど「JTB」は破綻していないんですよ。

 それは、欧米企業は短期志向という特徴があるからです。株主が短期で結果を求めるので、既存ビジネスが収益を保っている間は、投資額の大きいDXに取り組めないのです。こうした世界的な状況を考えれば、日本だけが遅れていて、欧米がうまくいっているのではないことがわかると思います。

 もう少し具体的にいうと「日本企業=ダメ論」ではなく、「大企業=ダメ論」なんですよ。大企業は欧米でも、日本でも、どこでも厳しい環境に置かれているのです。

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