2018.01.10 Wed

もうすぐ100周年「カルピス」がいま大切にするものとは

カルピス

 アサヒ飲料の「カルピス」は、日本初の乳酸菌飲料として1919(大正8)年に誕生しました。その独特の甘ずっぱい味は、幅広い世代に認知されています。

 「カルピス」が生まれるまでには、内モンゴル、日本と舞台を移しながらいくつもの偶然がありました。発売されてからは、「初恋の味」というキャッチコピーや、伝書鳩を使ったユニークなアピールによって名前が浸透していき、それはやがて「カルピスウォーター」の爆発的なヒットへと続いていきます。

 発売からもうすぐ100年となる「カルピス」の歴史をたどりながら、ロングセラーの秘密に迫ります。

 

内モンゴルの不思議な飲み物からはじまる物語
 
 「カルピス」の物語は、その生みの親である三島海雲(みしま かいうん)が中国大陸へ渡ったことからはじまります。

 海雲は、大阪にあるお寺の長男として生まれました。成長すると一度は英語教師の職に就きますが、仏教を学ぶために大学へと再度入学します。そこで、たまたま中国大陸への渡航をすすめられたことが海雲の転機となります。当時、中国大陸には大きなビジネスチャンスがあると考えられており、日本の青少年にとって憧れの場所でした。1902(明治35)年、海雲は大学でのアドバイスもあり、中国大陸へと渡ります。

 海雲は、中国大陸でまず教師をした後、雑貨商の事業を手がけるようになります。その雑貨商の仕事で訪れた内モンゴルの地で、不思議な飲み物と出会います。それは、現地の人にすすめられて飲んだ、白くて酸っぱい飲み物でした。

 そのとき、海雲は長旅の疲れですっかり胃腸が弱り、体調を崩していました。しかし、白くて酸っぱい飲み物を毎日飲んでいるうちに胃腸の調子が良くなり、体調も回復したといいます。この飲料の正体は、馬の乳を乳酸菌で発酵させた「酸乳」というものでした。

 それから11年後の1915(大正4)年。海雲は大陸での経験を日本のために役立てようと帰国しますが、具体的に何をするかは決めていませんでした。そんなとき、ふとしたきっかけから日本で流行りはじめていたヨーグルトを試食します。しかし、海雲にとってその味は、物足りないものでした。海雲は、ヨーグルトよりもっとおいしい、体にもやさしい乳酸菌を使った食品を多くの人に提供したいと決意します。

 海雲は、内モンゴルで学んだ酸乳の製法をもとに研究を重ねます。1916(大正5)年に、乳酸菌で発酵させたクリーム「醍醐味」、その製造過程で残った脱脂乳を乳酸菌で発酵させた健康食品「醍醐素」、さらに生きた乳酸菌を使ったキャラメル「ラクトーキャラメル」を、次々に開発します。しかし、当時は流通や保存方法も今と比べて発達していない時代。原料となる牛乳の調達は困難を極め、暑さでキャラメルが溶けてしまうなどの不運も重なり、どれも失敗に終わります。

 海雲は諦めず、乳酸菌の研究を続けました。その粘りが偶然の幸運を呼び寄せます。ある日、ふとした思いつきから… 続きを読む

全文(続き)を読む

続きを読むにはログインが必要です。

まだ会員でない方は、会員登録(無料)いただくと、続きが読めます。

アサヒ飲料株式会社について
■ 事業内容各種飲料水の製造、販売、自動販売機のオペレート、その他関連業務
■ 設立年月1982(昭和57)年3月30日
■ 本社所在地〒130-8602 東京都墨田区吾妻橋一丁目23番1号
■ 従業員数約3,300名
■ ホームページ

http://www.asahiinryo.co.jp

このページの先頭へ
Bizコンパス公式Facebook Bizコンパス公式Twitter