かつてテレビゲームは子どもが遊ぶものでした。そんな常識を覆し、多くの大人たちをとりこにしたゲームがあります。今年で発売から33年、売り上げ累計900万本以上、いまなお幅広い層に根強い人気を誇るのが、株式会社コーエーテクモゲームスの歴史シミュレーションゲーム「信長の野望」シリーズです。

 織田信長はもちろん、武田信玄、上杉謙信、伊達政宗など、好きな戦国大名の一人になって群雄割拠の戦国時代を勝ち抜いて天下統一を目指す。誰もが一度は空想した歴史上の“もしも”をシミュレーションできるワクワク感にこそ、このゲームの醍醐味があります。

 

経営難の窮地を救った起死回生の一手とは

 「信長の野望」の物語は、家業の再興を志して経営者となった襟川陽一(現:コーエーテクモホールディングス代表取締役社長)の奮闘から始まります。襟川家は栃木県足利市で染料工業薬品の卸問屋を代々営んでいました。しかし、当時、国内の染料業界はアジアからの安価な輸入品の台頭で壊滅的な打撃を受けており、父の代で染料問屋を廃業してしまいます。

 その家業を再興しようと、襟川は染料工業薬品の卸問屋「光栄」を立ち上げます。しかし、染料業界をとりまく状況はやはり厳しく、なかなか状況は好転しそうにありません。そんなときに襟川が興味をもったのがマイコン、いまでいうパソコンです。

 雑誌を見て興味をもったものの当時のマイコンは高価だったため、経営難にあえぐ襟川がおいそれと手を出せるものではありませんでした。そんな襟川をみかねた妻が、襟川の誕生日にマイコンをプレゼントします。

 マイコンを手に入れた襟川は、すぐにプログラミングに熱中し、業務用ソフトを自作して事業に活用するようになります。さらには、仕事が終わってから、マイコンでゲームを自作することも息抜きとしてはじめます。その趣味が高じて、転機となるゲームが生まれます。

 子どものころから戦国時代のカードゲームを作って遊ぶほど歴史好きだった襟川は、プレイヤーが武田信玄を操作して上杉謙信と戦うゲーム「川中島の合戦」を、いつものように趣味の一環として作ります。この作品の出来が良かったことから、1981(昭和56)年、試しに通信販売を始めたところ、飛ぶように売れ、結果的に約1万本を販売するヒットになりました。

 当時、主流だったゲームは、アクション、シューティングといった若者向けのものでした。一方、「川中島の合戦」は、… 続きを読む

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株式会社コーエーテクモゲームスについて
■ 事業内容パーソナルコンピュータ・家庭用ビデオゲーム機用ソフトウェアの企画・開発・販売、オンラインゲーム・モバイルコンテンツの企画・開発・運営、イベントの企画・運営
■ 設立年月1978(昭和53)年7月25日
■ 本社所在地〒223-0051 神奈川県横浜市港北区箕輪町一丁目18番12号
■ 資本金9,090百万円
■ ホームページ

https://www.gamecity.ne.jp/

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