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 街の書店、文具店などの店頭に手帳コーナーが新設されると、今年もいよいよ大詰めだということに気付かせられます。新たな一年に想いを馳せながら、新しい手帳を買い求める方も多いのではないでしょうか。スマートフォンなどのデジタルツールが普及した現代でも、アナログな手帳市場は堅調に伸びています。

 この日本における手帳文化を1949(昭和24)年の誕生よりリードしてきたのが日本能率協会マネジメントセンター(以下JMAM)の「能率手帳」です。圧倒的な知名度を誇り、多くのファンに愛された能率手帳は、2013(平成25)年より名称を「NOLTY(ノルティ)」に改めます。多くのライバルメーカーがひしめく中で、つねに挑戦する姿勢を持ち続けてきたこと。そこにロングセラーの秘密があるのかもしれません。

 

日本で最初に手帳を使ったのは、お札のあの人?

 現代ではビジネスの必需品となっている手帳ですが、ルーツはヨーロッパにあるといわれています。当初は貴族や将校といった上流階級が使用するものでしたが、それが広く一般に普及したのは18世紀のイギリスが始まりという説が有力です。

 そんなヨーロッパの手帳を最初に日本に持ち帰ったのは、一万円札でおなじみの福沢諭吉。1862(文久2)年に文久遣欧使節団の通訳としてヨーロッパを訪問した際、福沢はパリで手帳を購入し、ヨーロッパ滞在時の見聞を書き留めます。「西航手帳」と名付けた手帳のメモは、後の著書「西洋事情」を執筆する際のベースとなりました。

 日本における手帳の販売は、1910(明治43)年に東京・銀座の伊東屋が始まりといわれています。当時の手帳はプライベートなことをしたためる備忘録として使われるのが一般的で、明治から大正、昭和へと時代が移ってもその役割が変わることはありませんでした。

 そんな手帳の役割を大きく変えたのが、1949(昭和24)年に誕生した「能率手帳」です。この手帳を世に送り出した当時の社団法人日本能率協会は、戦後の日本復興のために主に工場の生産性、能率を高めるコンサルティングを行っていた団体でした。

 同団体の理事で辣腕コンサルタントの大野巌は、生産性向上には時間の使い方が大切という考えを持っていました。大野の発案により誕生した能率手帳は、日本で初めて手帳に… 続きを読む

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株式会社日本能率協会マネジメントセンターについて
■ 事業内容人材育成支援事業、手帳事業、出版事業
■ 設立年月1991年8月8日(営業開始日1991年10月1日)
■ 本社所在地東京都中央区日本橋2-7-1 東京日本橋タワー
■ 資本金10億円
■ 従業員数連結 474名(単体 380名)※2015年3月時点
■ ホームページ

http://www.jmam.co.jp/index.html

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