Bizコンパス

ニッポンのロングセラー
2015.09.02

「超熟」が目指した、毎日食べても飽きない味とは

超熟

 1998(平成10)年10月、これまでにない炊きたてのごはんのような味わいの食パンが関西地区に登場しました。暖色系の色合いが多いパン売り場で、紺色と白のパッケージが目を引く新商品の名称は「超熟」。毎日食べても飽きないおいしさを目指した食パンは評判を呼び、発売開始月は7,800万円だった売り上げが翌月には2倍に。さらに翌年には関東にも進出し、発売1年後には月間売上5億円を突破するなど、日本の食パン市場においてかつてない大ヒットを記録します。その人気は衰えを知らず、発売から17年目の現在もトップシェアを保っています(※)。トレンドの移り変わりが激しい食パン市場でトップブランドの地位を確立し、今なお進化を遂げる「超熟」のロングセラーの秘密に迫ります。

※インテージ・SCIデータ「食パン」全国市場における2010年4月~2015年7月のブランドシェア(金額ベース)

 

長引く不況で下降する売り上げ。求められた打開策

 「超熟」を生み出したのは、名古屋に本社を置く業界2位の売り上げを誇るパンメーカー「敷島製パン株式会社」。1920(大正9)年に名古屋で創業し、約半世紀後の1969(昭和44)年に東京進出を果たすという経緯から、市場的には中部・近畿地方に強いという傾向がありました。「超熟」以前の看板商品の「吟撰」(ぎんせん)は、パン生地を-3度で72時間じっくり熟成させる独自の氷温発酵技術を活用した食パンで、豊かな“風味”がパン食党に好評でした。

 しかし、バブル崩壊後の長引く不況もあり、1996(平成8)年の春ごろから売り上げは下降線をたどり、特に関西地区は厳しい状況でした。追い打ちをかけるように、業界3位のメーカーが発売した食パンはもちもちとした食感が支持を集め、売り上げを急伸。消費者のニーズは“風味”から“食感”へと移りつつありました。

 さらに“万年2位”の座にあったためか、そのような状況にあっても、社員には「うちは大丈夫だろう」といった慢心がありました。トップは「このままでは業界2位の座どころか会社の未来も危うくなる」と危機感を抱き、今までにない食パンの開発を考えていました。それが「超熟」の原点となっています。

 開発のきっかけは当時の4代目社長、盛田慶吉が耳にした「兵庫県宝塚市のベーカリーの食パンが、パン好きに評判らしい」といううわさでした。商品開発のヒントになるのではと思い取り寄せて試食すると、… 続きを読む… 続きを読む

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敷島製パン株式会社について
■ 事業内容 パン、和洋菓子の製造、販売
■ 設立年月 1920年6月(大正9年6月)
■ 本社所在地 愛知県名古屋市東区白壁五丁目3番地
■ 資本金 1,799百万円(平成26年8月末現在あるいは平成26年8月期)
■ 従業員数 3,907名(平成26年8月末現在あるいは平成26年8月期)
■ 業種 製造業
■ ホームページ

http://www.pasconet.co.jp/

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