2015.08.19 Wed

370年間味を守り続ける、八丁味噌のこだわりとは

八丁味噌

 織田信長が今川義元を破り、一躍歴史の表舞台へと躍り出た「桶狭間の戦い」は1560(永禄3)年に起こりました。義元の家臣だった早川新六郎勝久は、この敗戦を機に武士の身分を捨て「久右衛門」と名乗り、三河(愛知県東部)の地・岡崎に隠れ住みます。旧東海道と矢作川が交わるこの地に、久右衛門の子孫が味噌屋を創業するのは、それから85年後のこと。以来、370年変わらず同じ土地で、同じ製法にこだわって味噌造りを行い、近年の“名古屋めし”ブームを支えている八丁味噌の蔵元「カクキュー」。そのロングセラーの秘密に迫ります。

 

刀を捨て、豆味噌造りを始めた初代久右衛門

 1560(永禄3)年の「桶狭間の戦い」を機に武士をやめた初代久右衛門は、岡崎で味噌造りを始めたと伝えられています。この地は高温・多湿で食品の保存には不向きな土地でしたが、初代久右衛門はそれを逆手にとり、水分を減らして長期間熟成させることで、栄養価が高く、風味と保存性に優れた豆味噌造りの技を確立していきます。長期保存が可能なため、携行にも便利な豆味噌は、やがて三河武士の兵糧として愛用されます。

 この豆味噌は、徳川家康が誕生した岡崎城から西へ八丁(約870m)離れた八丁村(現在の岡崎市八帖町)で造られていたことから「八丁味噌」と呼ばれ、徳川家康が江戸に幕府を開くと、江戸っ子の間にもその名を広めていきます。

 初代久右衛門の遺志を受け継いだ早川家の子孫は、東海道と矢作川が交わる地に1645(正保2)年「カクキュー」を創業。道を挟んで向かい合う蔵元「まるや」とともに、八丁味噌造りに励みます。豆味噌の原料は大豆と塩ですが、この地には良質な… 続きを読む

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合資会社八丁味噌について
■ 事業内容八丁味噌・赤出し味噌の製造、販売
■ 設立年月正保年間
■ 本社所在地愛知県岡崎市八帖町字往還通69番地
■ 資本金300万円
■ 従業員数54名(平成27年7月31日現在)
■ 業種製造業
■ ホームページ

http://www.kakukyu.jp/

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