今から90年前の新聞に小さな記事中(きじなか)広告が載りました。当時は整髪料(ポマード)と間違う人もいたほど日本人に馴染みのない調味料「マヨネーズ」の魅力を伝える広告です。そこには、小柄な日本人の体格向上のために栄養価の高いマヨネーズを普及させたいという、一人の日本人の想いが込められていました。

 今回は食卓の定番として愛され、日本のマヨネーズ市場で約7割の圧倒的なシェアを誇るまでに成長したロングセラー商品「キユーピー マヨネーズ」の歴史を紐解いていきます。

 

なぜ日本人の体格は欧米人より小さいのか?

 「道義を重んずること」「創意工夫に努めること」「親を大切にすること」。これはキユーピー株式会社(以下、キユーピー)の社訓です。創業者である中島董一郎(とういちろう)の人生を辿ると、この社訓が決して美辞麗句ではないことがわかります。

 董一郎は日本人の中でも小柄で、体格が大きい欧米人と日本人の栄養環境の違いを痛感していました。そんな董一郎がマヨネーズと初めて出合ったのは1912(大正元)年、29歳で農商務省の海外実業練習生として缶詰の研究のために渡英し、その後1915(大正4)年に渡米したとき。当時からアメリカでは日常的にマヨネーズで野菜サラダを食べており、董一郎はそのおいしさに感銘を受けます。さらに大正天皇の即位を祝う食事会で食べた、缶詰の鮭とタマネギのみじん切りをマヨネーズで和えた料理にも感激。野菜はもちろん魚介類にもよく合うマヨネーズへの興味を一層強くします。

 日本人の体格向上が大事だと考えていた董一郎は、マヨネーズが当時の日本人の食事に欠けていた良質なタンパク質を含む調味料だと知り、おいしくて栄養価の高いマヨネーズを日本でつくることを決意します。

 董一郎が帰国した1916(大正5)年当時もマヨネーズはありましたが、輸入もので、また一般庶民には馴染みの薄いものでした。ほとんどの日本人が名前も使い方も知らない西洋の調味料を製造・販売してもすぐには受け入れられないと誰もが考えるでしょう。しかし、董一郎は違いました。“栄養価の高いマヨネーズを日本人に食べてもらいたい”、董一郎の挑戦はここから始まります。

 

輸入品の2倍の卵黄で日本人好みのおいしさに

 「食品は良心でつくるもの」とは董一郎の言葉です。1919(大正8)年、キユーピーの前身で主に缶詰を扱う会社を設立。缶詰の中身は蓋を開けるまで消費者の目には見えないため、品質が悪くても詰めてしまえばわかりません。しかし、董一郎は「(缶詰の原料には)生でもおいしいものを使うべき。安心できる原料を使い、責任を持って質の高い商品をつくることが食品メーカーの良心である」ことを信念としていました。

 それはマヨネーズづくりにも受け継がれます。日本で初めてのマヨネーズづくりは、… 続きを読む

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キユーピー株式会社について
■ 事業内容「マヨネーズソース」その他一般ソース類、各種瓶缶詰食料品、その他各種食料品ほかの製造販売
■ 設立年月1919年11月
■ 本社所在地東京都調布市仙川町2-5-7 仙川キユーポート
■ 資本金241億400万円
■ 従業員数12,933名(連結、2014年11月末日現在)
■ 業種製造業
■ ホームページ

http://www.kewpie.co.jp/

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