2015.07.01 Wed

固さが物語る!「あずきバー」の徹底したこだわり

あずきバー

 本日7月1日は何の日かご存じでしょうか?答えは「井村屋あずきバーの日」。古来より日本では毎月1日にあずきを食べる習慣があったこと、そして暑さが増す7月ということで、日本記念日協会が正式に認定しています。

 現在、日本国内のスーパーの9割以上で販売され、年間2億万本以上を販売する、井村屋の「あずきバー」。このロングセラー商品を支えるものは、不変の“固さ”に秘めた品質へのこだわりでした。

 

事業失敗から生まれた老舗“あずき”ブランド

 「あずきバー」を生んだ井村屋の原点は、1896(明治29)年、井村和蔵が三重県で創業した菓子舗「井村屋」にあります。米相場で失敗した和蔵は、全く経験のない和菓子製造に興味を持ち、「つくれそうな気がする」という理由で羊羹づくりに着手。生来のアイデアマンだった和蔵は、製造コストを低減すべく羊羹を流し込む容器に既製品のお膳「山田膳」を使用。井村屋特製の「山田膳流しようかん」を製造・販売します。当時、羊羹を「ようかん」とひらがなで表記したのも和蔵のアイデア。それまで高級品だった羊羹は、庶民にも広く受け入れられていきます。

 続いて発売した、あんをカステラで包んだお菓子「うずまき」「とらまき」も相次いでヒット。その人気の要因はあんのおいしさにありました。現在もあずきの味にこだわり、自家製を続ける井村屋の伝統はここからスタートします。

 1933(昭和8)年に父の和蔵から事業を引き継いだ井村二郎は、戦後の1947(昭和22)年に株式会社井村屋を設立。創業50年目の再スタートを図ります。主食が配給制で物資不足の時代、小豆や砂糖は貴重品でした。そこで二郎は乾パン製造から始め、徐々にビスケット、キャラメル、ドロップへと手を広げ、会社の基盤を固めます。

 1951(昭和26)年、砂糖の統制が解除されると、ビタミンやカルシウム入りのようかんを販売。国の特殊栄養食品の指定を受けたことでヒット商品となりました。その後も二郎は父親譲りの発想力を駆使しヒット商品を連発。1960(昭和35)年にインスタント食品「即席ぜんざい」、1962(昭和37)年に缶詰の「ゆであずき」を販売。それらが全国的に知られるようになり、「あずき=井村屋」のイメージが植え付けられました。

「肉まん・あんまん」誕生秘話

 井村屋を代表するもう一つのロングセラー商品「肉まん・あんまん」は、1964(昭和39)年に誕生。もともとはアイスクリームなどを入れる店頭の冷凍ケースを、アイス類の売り上げが落ちる冬場も有効活用したいという“二毛作”的なアイデアから生み出されました。

 当初、販売は伸び悩みますが、冷凍ケースから「肉まん・あんまん」を取り出し、必要な分だけスチーマー(蒸し器)で温めて販売することで、人気に火が着きます。コンビニエンスストア業界の急成長も追い風となり、売り上げは倍々ペースで急増。井村屋の看板商品にまで成長しました。

 

アイス事業の苦戦を救ったあずきへの原点回帰

 1963(昭和38)年に井村屋は冷菓事業を開始しますが、世間的に和菓子屋として認知されていたことに加え、アイス市場に対して後発であったため苦戦を強いられます。当初は牛乳を原料とするアイスクリームなどを販売していましたが、原料調達力に勝る乳業メーカーの牙城を崩すことはできませんでした。そこで採った策は、あずきへの原点回帰。井村屋の人気商品である「ぜんざいを固めてアイスにすること」でした。しかし、開発は予想以上に難航します。それは、あずきを使う以上、品質について妥協することはできなかったからです。… 続きを読む

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井村屋株式会社について
■ 事業内容菓子、食品、デイリーチルド、加温、冷菓、 冷凍菓子の製造・販売及びそれに付帯する事業、 レストラン事業
■ 設立年月2010年10月
■ 本社所在地三重県津市高茶屋七丁目1番1号
■ 資本金1億円
■ 従業員数506名(平成27年3月31日現在)
■ 業種製造業
■ ホームページ

http://www.imuraya.co.jp/index.html

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