ほんの10年ほど前、「クラウド」といった言葉自体が社会にそこまで浸透していなかった時代、企業のIT環境は、自社で抱える「オンプレミス」が当たり前だった。しかし現在、社外のクラウドサービスを用いてIT環境を整えるのは、もはや当たり前の選択肢となっている。

 そんなクラウド黎明期から、日本国内でクラウドをビジネスとしていた企業がある。2006年に創業した、テラスカイだ。同社創業者であり代表取締役社長の佐藤秀哉は、当時のクラウド業界を以下のように振り返る。

「2006年当時は、クラウドという言葉がようやく生まれてきた時期で、業界的には、クラウドは知る人ぞ知るといった存在でした。それでも、『Salesforce』や『AWS』といった、今では世界中で利用されている革新的なクラウドサービスは、この頃から注目され始めていました」

 黎明期に誕生したテラスカイは、その後、クラウドの普及に伴って順調に成長。クラウドサービス導入実績は2018年10月に3,500件を超え、同年11月には、東京証券取引所の一部上場を果たしている。

 なぜテラスカイは、創業当時はさほど注目されていなかったクラウドに舵を切れたのか? 佐藤と同社の歩みを振り返ってみる。

 

東京の下町の町工場に、300万円のPCを売る

 佐藤は1963年、新潟県新井市(現・妙高市)に生まれた。それほど勉強熱心ではなく、学校が終わると仲間とグラウンドで野球をして過ごすといった、どこにでもいるような元気な少年だった。

 地元の高校を卒業すると、上京して予備校に通ったのち、東京理科大学 理工学部 情報科学科に入学。そして卒業後の1987年、日本IBMに入社した。

「もともとコンピュータの仕事をやろうとは思っていましたが、どの会社に行こうというのは考えておらず、最初に面接を受けて内定をもらったIBMに入りました。いま思えば、言いたいことをためらわずに言う私のような人間には、外資系が肌に合っていたのだと思います。ラッキーでした」

 希望していたのはSEだったが、研修後の配属先は営業部門。それも、東京の下町地区を中心とした、1,000人以下の中堅・中小企業の担当となった。当時はプリンターとPCのセットで300万円もしていた時代。そんな高額な商品を、IT化が進んでいない下町の小さな会社に売るという、ハードルの高いタスクを負うことになった。

「下町の町工場を、しらみ潰しに歩きまわりました。工場に飛び込んで社名を名乗ると、『うちは車いらねえよ』と言われることもたびたびあったりして、そのたびに『それIBMじゃなくてBMWだろ!』と、心の中でツッコミをいれてました(笑)」

 ノルマは厳しかったものの、タスクを自らの足とコミュニケーション力で着々とこなしていった佐藤は、いつしか優秀な営業マンに育っていった。

「営業にもヒエラルキーがあって、トップは一番の稼ぎ頭の… 続きを読む

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佐藤 秀哉(さとう・ひでや)
1963年生まれ、新潟県妙高市出身。1987年、東京理科大学理工学部情報科学科卒業後、1987年日本アイ・ビー・エムに入社。2000年には年間最優秀営業部員に送られるセールス・オフィサー賞を受賞。2001年、セールスフォース・ドットコム日本法人の立ち上げに参画。執行役員営業統括本部長に就任。2005年4月に株式会社ザ・ヘッド社長に就任。2006年3月にテラスカイ設立、代表取締役社長に就任。

株式会社テラスカイについて
■ 事業内容クラウドインテグレーション事業、製品開発事業
■ 設立年月2006年3月
■ 本社所在地東京都中央区日本橋二丁目11番2号 太陽生命日本橋ビル 15~17階
■ 資本金10億2,836.1万円(2018年12月末時点)
■ 従業員数約350人(単体/2019年2月1日時点)
■ 業種情報・通信
■ ホームページ

https://www.terrasky.co.jp/

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