150カ国で製品を販売する世界最大級のヘルスケア企業であるノバルティス ファーマ。2017年4月に同社日本法人の代表取締役社長に就任した綱場一成は、5年先・10年先を見据えて新たな企業風土を醸成する改革を推進している。率先して育児休暇を取得し、上司と部下の垣根を取り払うUNBOSS(アンボス)を提唱する、新世代の経営者は、いかなる思考と経験を経て現在地に辿り着いたのか、その軌跡を追う。

 綱場一成の祖先は、500年以上前に瀬戸内海で活躍した忽那水軍と呼ばれる海賊だという。海賊といっても略奪行為を行なうような賊ではなく、忽那諸島を本拠地として海の治安を守る海軍である。綱場自身に島暮らしの経験はないが、両親は先祖代々海賊の血統を継ぐ島民だった。その両親が中学卒業後、集団就職により瀬戸内海を渡り、広島で暮らしはじめる。二人の間に綱場が生まれたのは1971年初春のことだった。

 裕福ではなかったが、子どもの教育に熱心な母と、工務店を経営するバンカラな父と過ごした日々は、今も綱場の胸に忘れがたく刻まれている。

「父は強烈な個性があり、決して人を見下さない人でした。中卒で苦労した母は勉強の大切さを私に教えてくれました。両親から受け継いだものは、今の私を形づくる土台になっています」と幼少期を振り返る。

 小学3年になったある日、綱場の人格に重大な影響を与える事件が起きる。夜9時頃、ふと目を覚ますと、突然、形容しがたい“死”への恐怖に襲われた。原因はわからない。ただ、すべてを無に帰してしまう“死”に対する恐怖に震えが止まらず、叫び出しそうになった。両親の寝室へ駆け込み泣きつくと、母から「眠れないなら羊を数えなさい」といわれ、震えながら羊を2万匹数えたが眠ることはできなかった。この耐えがたき死生観は、その後も綱場の心から離れることはなかった。

 少年時代を語る上で、もうひとつ触れておくべきエピソードがある。それは“起業”への思いだ。同級生がプロ野球選手や消防士に憧れる中、綱場は「将来は起業したい」と、公言していた。きっかけは、戦後最大の起業家と言われたリクルートの創業者である江副浩正だった。

「原点にあったのは死生観です。死して無に帰す恐怖から逃れるには、人生という時間軸に生きた証を残すしかないと考えていました。たとえば、王貞治選手が800本以上のホームランを打ち歴史に名を刻んだような、そういう何かを為さなければならないと。その何かを、私は江副さんに見たのだと思います。スキャンダルはあったにしろ、マスコミを通じて見た江副さんは、起業して社会に貢献し、世の中を変え、私生活も存分に楽しんでいました。その姿に強い憧れを抱いたのです」

 そこからの人生は「起業というパズルを組み立てる作業だった」という。国立中学校へ進み、東京大学経済学部へ進学し、在学中に専門学校で会計を学び、総合商社へ就職。いずれもパズルを完成させるためのピースだった。

 

パズルを完成させるためヘルスケア業界へ転職

 総合商社に入社したのは、ジェネラルマネジメントに欠かせない営業やマーケティングを学ぶためだったが、在学中に合格した公認会計士2次試験の実績が評価されてしまい、最初の配属は財務経理部だった。その後、米国デューク大学へ留学してMBAを取得。帰国後は営業職を希望したが、希望は叶わず経営企画へ配属されるとわかり、これではパズルが完成しないと考え、転職先を探した。

 自動車業界やIT業界などさまざまな企業にアプライしたが、最終的に選んだのは製薬会社の米国イーライリリー・アンド・カンパニー(以下、イーライリリー)だった。

「父親が糖尿病の合併症に苦しんでいたことがヘルスケア業界を意識したきっかけでした。イーライリリーは糖尿病領域でトップレベルなので、そこで何かを成し遂げたいとの思いがあったのです。最初の配属先はアイオワ州の田舎町で、日本人は私しかおらず、苦労しましたが、相応の実績を上げることができ、どんな環境でもやれるという自信が付きました」

 2年後、日本法人へ転勤。オンコロジー領域のマーケティングを担当した後、自ら希望して30代前半で営業所長、その後イーライリリーで一番の大型製品のブランドリーダーを歴任。それでも、まだ起業の夢は忘れていなかった。

「ある方に『将来は起業したい』と相談したところ、『社長になりたいなら、小さな会社でもいいから30代で経験を積むべきだよ』と言われました。その言葉に感化され、30代で社長になることを目指していたら、本当に38歳の時チャンスが巡ってきました。香港の現地法人で日本人初の社長に就任したのです」

 

ボディービル大会出場で示したリーダーの覚悟

 2009年から2年間を過ごした香港で、綱場はサーバント・リーダーシップを身に付けた。サーバント・リーダーシップとは、メンバーをサポートしながら組織の力を引き出すリーダーシップの在り方を示すキーワードである。

「ある日、部下から『メンバーに結果を出せと言うなら、まずカズが結果を示すべきだよ』と言われました。カズは私のニックネームですが、それに対し『わかった。で、何をすればいい?』と聞くと『香港はボディービルが盛んだから大会に参加したら』と言われました。… 続きを読む

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綱場 一成(つなば かずなり)
1994年、東京大学経済学部卒業後、総合商社入社。2001年に米国デューク大学でMBA取得後、米国イーライリリーに入社。2003年に日本法人に転勤しオンコロジー領域プロダクトマネージャーおよび精神神経科領域にて営業所長、ブランドリーダーを歴任。2009年、同社香港 法人社長。対前年比25%超の実績を上げ「GM of The Year」を受賞。2011年、同社日本法人糖尿病領域事業本部長、2014年同社米国本社にて筋骨格系、アルツハイマー病および自己免疫疾患領域におけるグローバル・マーケティング・リーダーを歴任。2016年、同社オーストラリアおよびニュージーランド法人社長。2017年4月、ノバルティス ファーマ株式会社 代表取締役社長に就任。

ノバルティス ファーマ株式会社 について
■ 事業内容医薬品の開発、輸入、製造、販売
■ 設立年月1997年4月1日
■ 本社所在地東京都港区虎ノ門1丁目23番1号 虎ノ門ヒルズ森タワー
■ ホームページ

https://www.novartis.co.jp/

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