近年、日本の葬儀に新しい動きが出ている。閉鎖的と思われていた葬儀業界に異業種やベンチャーが参入し、これまでの葬儀のスタイルから、遺族の多様な要望に応える独自のサービスを提供する企業が登場しはじめたのだ。

 中でも特に注目されているのが、「100人いれば、100通りのお葬式」をコンセプトとした、株式会社アーバンフューネスコーポレーションである。同社の最も大きな特徴が、故人の生き様や趣味を生かした「サプライズ」な演出を葬儀に取り入れられる点だ。過去には、故人が祭り好きの場合には和太鼓演奏を行ったり、葬儀とともに故人が描き貯めた水墨画の個展を開催することもあったという。

 同社によれば、初めこそ「これがお葬式?」と驚かれたこともあったというが、今では故人の人柄が伝わる別れの演出が喜ばれ、ごく自然に「その人らしいお葬式」を希望する遺族が増えている。

 なぜ同社は、このような斬新な葬儀を行うようになったのか。「サプライズ葬儀」
の誕生から「その人らしいお葬式」が社会へ浸透するまでを、代表取締役社長兼CEOの中川貴之に聞いた。

 

やりたいことが見つからない次男坊の心に火を付けた出来事

 1973年、中川は自営業を営む家庭の次男として、東京で生まれた。幼少期から活発で、最初に夢中になったのは野球だったが、小学校3年生になって、高校ラグビーをモチーフにしたTVドラマ「スクールウォーズ」の放送がはじまると、すっかりラグビーの虜となった。

「高校に入ったら絶対にラグビーをやると決めていました。入部後は、最前列でスクラムを組み、攻め上がるために身体を張ってボールを味方に回すフッカーになりました。今も『One for all, All for one』は、弊社が大切にするメッセージの一つです」

 大学ではアメフト部に入部。合宿所に寝泊りし「学校に行く暇がない」ほど忙しい日々を送った。大学卒業が近づくと、中川はアメフト部の中でも早めに就活を始めた。入学前にバブルが弾け「卒業時の就職は大変になるぞ」と、先輩のアドバイスを受けていたためだ。ところが、なかなか就職は決まらなかった。

「元々私にとって“働くこと”は会社に入るのでなく、自分で“経営する”イメージがありました。ただ私は次男坊ですから、実家を継ぐ感じでもなく、やりたいことや目指す業界が見つからないまま、就活の時期を迎えてしまいました」

 ようやく決まった就職先は、電子部品メーカーの日本航空電子工業だった。営業部へ配属され、大手コンピューターメーカーの担当となる。当時はノートパソコンが市場に出回り始めた時期で、中川は納期や不具合の対応に追われる日々を送った。

 ところが勤め始めて2年が経った頃、電車で中・高時代のラグビー部の先輩にばったり再会する。そして「結婚式の会社を立ち上げようと思ってる。一緒にやろう」と畳み掛けられた。話を聞いているうちに、心の内から熱いものが込み上げてきた。経営者の家に生まれたこともあり、実は心の奥底に「いつか経営に携わりたい」という想いがあったのだ。

「正直いうと、ウェディング業界に興味も知識もなかったのですが、学生時代から信頼していた先輩がやるなら『きっと面白いことをやるはず』と思いました。何の仕事をやるかより、先輩と一緒に何かをやりたいという気持ちに突き動かされました」

 

転職するも、絶望的な営業成績

 1998年、2年半勤めた日本航空電子工業を退職し、結婚式をプロデュースする会社「テイクアンドギヴ・ニーズ」の立ち上げに参画した。中川は、レストランを貸し切って結婚式を行う「レストランウェディング」を中心としたプロデュース事業部を担当することになった。意気揚々として臨んだものの、営業成績は今ひとつだった。

「3人で立ち上げた会社ということもあり、高い営業力とコミュニケーション能力が求められました。ところが私の成績だけが絶望的にダメで、私のせいで会社がつぶれると思ったほどです。すっかり自信を失いました。結局、学生時代の延長でワイワイやっていただけで、自分には才能も実力もない、“実態はこの程度だ”というのをまざまざと見せつけられたわけです」

 一から出直すしかない。中川は先輩たちの協力を得て、「聞く」「話す」を中心としたロールプレイングをひたすら続け、営業スキルを磨いた。すると徐々に結果が出るようになった。会社の業績も安定し、人員も少しずつ増えていくと、中川も管理職となり部下を抱えるようになった。

 そんな時、ある1つの出来事が、中川の人生を変えることになる。

 

「サプライズ」との出会い

 ある日、部下のウェディングプランナーから… 続きを読む

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中川貴之(なかがわ たかゆき)
1973年、東京都生まれ。1996年、日本航空電子工業株式会社へ新卒で入社。1998年10月、テイクアンドギヴ・ニーズの立ち上げに参画。レストランウェディングを中心としたプロデュース事業部を担当する。2002年10月、葬儀業界へ転身を図り、株式会社フィールを設立。同年12月、社名をアーバンフューネスコーポレーションと変更する。葬儀業界に「サプライズ」という新しい文化を取り入れ、「100人いれば100通りのお葬式」を展開。「ハイ・サービス300選」に葬儀業界で初めて選出され、2011年には業界No.1の成長率を記録している。2012年1月、最高経営責任者として、代表取締役社長兼CEOに就任。明海大学非常勤講師。

株式会社アーバンフューネスコーポレーションについて
■ 事業内容葬祭事業、IT事業、葬儀会場運営
■ 設立年月2002年10月
■ 本社所在地〒135-0061 東京都江東区豊洲5-4-9 KR豊洲ビル5F
■ 従業員数142名(2018年5月現在)
■ ホームページ

https://www.urban-funes.com/

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