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リーダーに聞く
2017.08.22

元新聞記者の社長が描く、百貨店再生のシナリオとは

株式会社マロニエゲート 代表取締役社長 木村 透 氏

生まれ変わった“ファッションの聖地”

 今年3月、昨年末で閉業したプランタン銀座が全面リニューアルされ、新たな商業施設「マロニエゲート銀座2&3」がオープンした。

 かつてのプランタン銀座は、1984年の開業以来、“OLファッションの聖地”として人気を誇っていたが、2016年末に仏プランタン社との商号、商標の使用契約が終了。リニューアルに伴い、主なターゲットを “20~40歳代の働く女性とおしゃれママ”に変更している。

 運営会社の資本体制も一新された。昨年12月、三越伊勢丹ホールディングスが30%保有していた「株式会社プランタン銀座」の株式を、筆頭株主の読売新聞東京本社が取得し、完全子会社化。今年1月には社名も「株式会社マロニエゲート」へと改称された。

 これにともなって新社長に就任したのが、読売新聞東京本社の総務局総務の木村透である。

 

脈々と受け継がれた記者の血筋

 木村は1957年に大阪で生まれた。朝日新聞の記者だった父親は転勤が多く、幼稚園に上がると埼玉県へと引っ越した。小学校4、5年生の時には父親はモスクワ特派員として現地に赴任し、木村も同行。世界中の子どもが集まるモスクワのアパートでは、ロシア語で友人たちと活発に交流した。ロシア人向けの林間学校に参加し、体育大会で50m走やボール投げ、走り幅飛びで活躍し、総合優勝するほどだった。

 「モスクワには野球の文化が根付いていないので、ボール投げは圧勝でした(笑)。異国の地で世界中の子どもたちと一緒に遊べたというのは貴重な体験でしたね」

 帰国後、社会人まで横浜で過ごした。高校時代は自転車旅行にハマり、大阪まで1人で走ったり、夏休みに友人と2人で北海道を1周したりした。この冒険心は、早稲田大学第一文学部に進学してさらに本格化。毎年のように世界中をバックパッカーとして旅行した。予防接種をせずに出かけて帰国後に肝炎とパラチフスにかかり、半年間も入院する羽目になったこともあった。

 入院の影響で留年はしたものの、読売新聞社に記者として内定を得ることに成功した。

 「父親も祖父も新聞記者でしたから、私にとって記者というのは身近な職業でしたし、子どもの頃から見ていてずっと面白そうな仕事だなとも感じていました」

 

「どんな分野で何が起きようとも記事にする」

 1983年に読売新聞入社。水戸支局で5年を過ごした後、1988年に社会部に配属される。警視庁記者クラブで、捜査2課(詐欺、横領、汚職など)、捜査4課(暴力団)という“ハード”な取材を担当することになる。

 木村が読売新聞在籍中に最も印象に残っている事件が、1995年3月20日に発生した地下鉄サリン事件である。

 事件当日、木村はたまたま… 続きを読む… 続きを読む

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木村 透(きむら とおる) 1957年、大阪府生まれ。1983年読売新聞社入社。社会部警視庁記者クラブでは捜査2課と捜査4課担当。地下鉄サリン事件や全日空機ハイジャック、富士銀行不正融資事件、有珠山の噴火などを取材。2016年6月、株式会社プランタン銀座 非常勤取締役、2017年1月に株式会社マロニエゲート 代表取締役社長に就任、現在に至る。
株式会社マロニエゲートについて
■ 事業内容 百貨店業、商業施設の管理・運営
■ 設立年月 2017年1月1日
■ 本社所在地 東京都中央区銀座三丁目2番1号
■ 資本金 1億円
■ 従業員数 約40人
■ 業種 小売、不動産
■ ホームページ http://ginza2.marronniergate.com//

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