2015.01.27 Tue

自動車業界の女性リーダーが体感した多様性の価値

ボッシュ株式会社 取締役副社長 森川 典子 氏

 1986年にドイツの発明家、ロバート・ボッシュによって創立された世界的な自動車部品メーカー、ロバート・ボッシュ。同社は自動車部品業界で世界最大のシェアを有するとともに、電動工具や包装機械、セキュリテイーカメラなどといった消費財や産業・建築関連機器の分野でもビジネスを展開。いずれもその高い品質から各国で絶大な支持を得ている。このボッシュ・グループの日本における戦略的拠点の役割を担っているのが、森川が副社長を務めるボッシュ株式会社だ。

 森川は日本の自動車市場について「軽自動車が新車販売全体の40%を占めていたり、年間960万台もの生産数のうちの約半数が輸出されたりなど、世界的に見てもユニークです。また、EV(電気自動車)やハイブリッド自動車の開発が進む一方で、従来ながらの内燃機関も軽量化で燃費を高めるなど進化がとても速い」と分析。そのうえで ボッシュの使命について「マーケットのニーズに合致した製品をいち早く市場に投入していくこと」と説明する。

 

後輩が突然上司に……不可解な人事に疑問を抱きアメリカへ

 森川のキャリアは、大学卒業後に就職した大阪の商社からスタートする。入社後は経理部に配属されて仕事を一から覚えていった。そして3年目のある日、後輩に仕事を教えていたところ、上司からこう言葉をかけられる──「これからは彼が君の上司になるから」。

「かなりショックでした。男女雇用機会均等法が成立する以前で会社も女性をあまり育てようとしていないのはわかっていたし、また私自身も別にキャリア志向ではなかったのは確かです。でも、その後輩を上司とは考えづらく、同時にこのままの境遇で人生を終わらせたくない、という思いが強く沸き上がってきました」

 そこで仕事を辞め、思い切ってアメリカへと飛びだったのが1984年のこと。英語がほとんど話せなかったため、1年目はまず語学力をつけるべく猛勉強を重ねた。2年目には大学の授業もほとんど理解できるようになり、卒業後は大学院へと進学する。やがて現地で証券会社に就職した森川は、日中は仕事、夜は学校というハードな日々を過ごす。努力の結果、MBAを取得し、大学院を卒業。1991年に帰国後は、アンダーセン会計事務所に就職して実績を積み重ねていった。

 そしてそんな折、監査を担当していたモトローラからリクルートの声がかかった。

「自分としては会計事務所のパートナーになるのではなく、会計的な知識を切り札としながら当事者として仕事をするのが夢だったので、ありがたく誘いを受けることにしました」

 

CFOの職を辞して再び新天地に赴く

 モトローラに転職し、国内で5年ほど勤務した森川は、アジアのいずれかの国に赴いて仕事をすることを自ら申し出た。

「当時のモトローラの主力製品は携帯電話でしたが、国内市場よりも海外市場の方が圧倒的に強かったため、アジア地域の会議の場で日本の機種の話をしても蚊帳の外に置かれてしまう感じでした。この状況で日本にいると成長が止まってしまうと危機感を感じ、海外赴任を訴えたんです」

 願いは受け入れられ、シンガポール、香港へと赴任して要職を歴任する。その後、日本へ帰国し、2005年に取締役経理財務担当CFOに就任。CFOとして2009年までの5年間、同社のファイナンス戦略のリーダーシップを執った。

 モトローラで着々とステップアップを繰り返してきた森川に、もう一度転機が訪れる。… 続きを読む

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森川 典子(モリカワ ノリコ)
立命館大学を卒業後商社に入社。1984年アメリカへ留学。大学院入学後は、アメリカ大和証券株式会社に勤務しながら、MBAを取得。帰国後、アーサーアンダーセン会計事務所を経てモトローラ株式会社入社。シンガポール、香港赴任後、取締役経理財務担当に就任。2009年にボッシュ株式会社へ入社、ドイツ赴任を経て、2010年8月より現職。

ボッシュ株式会社について
■ 事業内容ディーゼルおよびガソリン用燃料噴射装置、自動車用制動装置等の開発、製造、販売および自動車機器アフターマーケット製品、自動車整備機器、電動工具、などの輸入販売
■ 設立年月1939年7月17日
■ 本社所在地東京都渋谷区渋谷3丁目6番7号
■ 資本金368億円
■ 従業員数6,478名(連結)、5,266名(単独)
■ ホームページ

http://www.bosch.co.jp

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