2016.12.14 Wed

ダーウィンが教えてくれた新日本無線の事業構造改革

電子デバイス(新日本無線株式会社 川越製作所)

 2008(平成20)年に起きたリーマン・ショックにより、日本の製造業は大きな打撃を受けた。当時、半導体生産に重きを置く新日本無線も深刻な経営危機に直面したが、ダーウィンに倣った哲学をもとに構造改革を推進すると、この取り組みが功を奏す。2013(平成25)年より、新日本無線の業績は黒字に転じ、それ以後も順調に成長を続けている。同社のものづくりを支える川越製作所を訪ね、V字回復の秘密を探った。

 

海外工場への生産移管を急がなかった理由

 都心から30km圏内の平坦な武蔵野台地の北部にある埼玉県ふじみ野市。かつては遠くに富士山を望めたことが市名からも伺える。そのふじみ野市の中心駅である東武東上線の上福岡駅から車で10分ほどの場所に、新日本無線株式会社の川越製作所がある。

 1959(昭和34)年、新日本無線は日本無線とレイセオン社から技術を継承して誕生。以来、民生機器、産業機器向けの汎用リニアIC(シリコン半導体)を主力製品としてきた。

 創業時から同社のものづくりを支え、現在、国内外に数ある生産拠点のマザー工場として位置づけられているのが川越製作所だ。ここにある電子デバイス生産本部では、企画設計から生産、テストまで、さまざまな電子デバイス製品の「前工程」を担っている。ちなみに前工程とは材料となるシリコンウェハ上に回路パターンをつくる工程で、それに対して「後工程」は、前工程で作った部品を組み立てて製品化する工程のことを指す。

 かつて新日本無線では前工程を川越製作所、後工程を子会社の佐賀エレクトロニックスで手がけていたが、後工程については、1989(平成元)年に子会社のタイNJRを設立し、ゆっくりと移管を開始した。

新日本無線株式会社 川越製作所

 埼玉県ふじみ野市に57,511平方メートルという敷地を構える川越製作所。工場見学の基本スタンスはオープン。見学者に「ここまで見せてもらえるのか」に驚かれることもあるという。これにはものづくりの手の内を見せることで、協業パートナーを募る狙いもある。

 

痛みを伴う改革で窮地からのV字回復

 2008(平成20)年、リーマン・ショックが世界的な不況を招いた。その余波は新日本無線にも届き、深刻なダメージを与える。新日本無線は、経済の冷え込みとともに工場の稼働率が3割、4割低下し、15年ぶりとなる営業赤字を記録した。翌年も減収となり、2期連続の営業赤字という緊急事態を招く。さらに2011(平成23)に発生した東日本大震災の影響もあり、事業継続が困難な状況に陥った。

 苦境を打ち破るために、同社は「事業構造改革」に着手する。川越製作所でもこのプランに沿って改革が進められた。

 「事業構造改革」の内容を紹介する前に、半導体の生産工程について簡単に触れよう。半導体は、半導体のもととなる1枚のシリコンウェハ上に電子回路を形成していくつもの半導体チップを作り、それを一つ一つ切り分けて複数個の半導体に仕上げていく。シリコンウェハのサイズが大きいほど、1枚のシリコンウェハから作れる半導体の数は増えるため、技術的には難しくなるが、生産効率は向上する。

 事業構造改革では、川越製作所の稼働が低下した4インチと5インチ(インチとはシリコンウェハの口径)のシリコン製造ラインを統合して、生産効率をアップする取り組みが実施された。また子会社のNJR福岡では従来製品の原価低減に向けて6インチラインを増設するなど、半導体の生産を徹底的に合理化する。さらに、… 続きを読む

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新日本無線株式会社について
■ 事業内容マイクロ波製品、電子デバイス製品の製造
■ 設立年月1959年(昭和34年)9月8日
■ 本社所在地〒103-8456 東京都中央区日本橋横山町3番10号
■ ホームページ

http://www.njr.co.jp/

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