2016.11.30 Wed

完成しても終わらないレオン自動機の「包あん機」

包あん機(レオン自動機株式会社 上河内工場)

 「包あん機」という機械をご存じだろうか。まんじゅうや大福などの和菓子、あんパンなどの菓子パンや総菜パン、中華まん、アイスの入った餅、チョコの入ったビスケット、チーズの入ったハンバーグなど、生地の中にあん(具)の入った食品を自動成形する食品製造機械だ。

 その「包あん機」を1961(昭和36)年に世界で初めて開発したのが食品機械メーカーの「レオン自動機」である。同社の「包あん機」は、開発から半世紀以上が経った現在でも他を寄せ付けず、国内のシェアは90%以上を占め、販売エリアは世界121カ国に広がる。

 コンビニやスーパーに行けば、生地の中にあん(具)の入ったお菓子やパン、調理食品などが売り場の棚やアイスケースの中にあふれている。私たちが目にするそうした食品の多くに、レオン自動機の「包あん機」が関わっているのだ。たとえば、国内で販売されている中華まんについては、そのほとんどがこの「包あん機」によってつくられている。

 食文化を陰で支える「包あん機」が、どのようなところでつくられているのか。ものづくりの現場を訪ねた。

 

不可能と言われたまんじゅうづくりを自動化

 JR宇都宮駅から車で日光街道を北上すると、30分ほどで訪れる人を出迎えるかのように杉並木が姿を現す。杉並木の街道を少し進むとレオン自動機株式会社の本社にたどり着く。この道をさらに奥へ進むと、1999(平成11)年に世界文化遺産に選ばれた、日光東照宮をはじめとする「日光の社寺」があり、その手前で道を右に曲がれば人気の温泉地・鬼怒川温泉もある。

 レオン自動機の創業者であり現名誉会長である林虎彦氏は、台湾の製糖工場で技術長を務めていた父親のもと、台湾で生まれた。虎彦氏は、第2次世界大戦で家も家族も失い、終戦後の引き揚げの際には病気や貧困にも苦しんだ。苦労を重ねた虎彦氏は、金沢の地にたどり着き、住み込みで働ける和菓子屋の仕事と出会い、救われたという。

 しかし、仕事のほとんどは単純作業の繰り返し、さらに長時間の労働も強いられた。「せめて単純作業の部分だけでも機械化できれば、職人はもっと創造性のある作業に打ち込めるはずだ」。そう実感した虎彦氏は、まんじゅうづくりの自動化を目指し、独自に研究をはじめた。

 その後、金沢に自分の和菓子店を構えた虎彦氏だったが、研究に没頭するあまり経営が傾き、金沢にいられなくなってしまった。職人としての腕に自信のあった虎彦氏は、拠点を鬼怒川温泉に移し、そこでも和菓子屋の暖簾を掲げ、成功を収める。そして、その利益を再び「包あん機」の研究に注いだ。

 虎彦氏の周囲の誰もが、機械であんを包むなど不可能だと思っていた。生地の中央にあんを入れ、厚さも均等にして生地をのばしながら丸く成形し、つなぎ目もないように形を整える。こうしたまんじゅうづくりの工程は、人の手だからこそできる繊細な作業である、というのが当時の常識だった。

 その不可能を可能にしたのが、… 続きを読む

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レオン自動機株式会社について
■ 事業内容食品機械の開発・製造・販売、食品の最終的調理成形工程を自動化した装置および各種プラントの設計・制作・納入設置・試運転・試験生産・操作マニュアルや管理の指導、独立した単体の自動機械、付属品の製造・販売、これら機器の操作指導・配合法・品質管理の指導
■ 設立年月1963年(昭和38年)3月15日
■ 本社所在地〒320-0071 宇都宮市野沢町2番地3
■ 資本金73億5,175万円
■ ホームページ

http://www.rheon.com

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