お家騒動から学ぶビジネスの教訓

人気定食屋に何が起きているのか?大戸屋のお家騒動

2016.09.18 Sun連載バックナンバー

 家庭的な雰囲気が売りの定食屋、「大戸屋ごはん処」。この店を展開する大戸屋ホールディングスでは、2015年7月に創業者の三森久実(みつもり ひさみ)氏が亡くなったことを受け、役員人事を巡る対立が深刻化しています。

 創業者の急逝後、どのように問題が大きくなっていったのか、なぜ経営陣と創業家で意見が食い違っているのか。本記事では大戸屋騒動の複雑さについて考えます。

 

現トップと創業一族との対立、その全容とは

 騒動が明らかとなったのは、6月の株主総会にかけられた経営陣側の人事選任案に、創業家側が異議を唱えたことがきっかけでした。

 創業者である元会長の死後、社長を務めていた窪田建一氏は、創業者の息子・智仁氏を常務から取締役に降格。これが原因となったのか、智仁氏は2月に「一身上の都合」で取締役を辞任しました。そして、定時株主総会にかけられた「大幅刷新」を含む選任案に対し、智仁氏を含む創業家側が反対を表明。こうして事態が露呈に至ったのです。

 窪田社長は株主総会で自身の正当性を涙ながらに主張したと報じられています。そして、自身に次ぐ位置にあった濱田寛明専務と智仁常務を、役職を無くしてまで降格した事に関しては、「組織のフラット化」と説明しました。

 実は智仁氏が常務に就いたのは、久実氏の病気が判って以降のこと。いずれは智仁氏に経営を任せたいとの久実氏の意向を汲んで、常務就任が実現したものだったようです。

 定時総会では経営側の人事案が可決したものの、納得していない株主も多く、その「賛成率」は62%台。裏を返せば、残りの4割近くが反対を示したことになります。

 

店内調理が「セントラルキッチン方式」に

 もともと大戸屋は、久実氏の養父であった叔父が経営していた池袋の「大戸屋食堂」を、久実氏が20歳で受け継いだことから始まりました。久実氏はサラリーマンや学生向けのイメージが強かった「定食屋」の概念を、仕事帰りの女性やカップルにも受け入れられる雰囲気に変革。その辣腕で大戸屋を全国チェーンにまで押し上げ、「定食ブームの先駆者」とも称されました。

 その久実氏が亡くなったいま、会社は次々と久実氏の「肝いり事業」を廃止しています。

 久実氏は健康的な食事を提供するということに強い信念を貫いており、大戸屋でも「母の味」「家族を気遣う母の真心」を再現することを狙っていました。そのため、店舗とは別の場所で調理を行うセントラルキッチン(中央工場)ではなく、各店舗で調理する店内調理制を採用。また、「自前の野菜工場」というテーマを掲げ、山梨に食材を育てる工場も開設していました。

 しかし現経営陣は、… 続きを読む

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高島 ちなみ

高島 ちなみ

フリーライター

2012年より執筆活動を開始し、ビジネスコラム・グルメレポートなどを執筆。無類の図書館好き。趣味が高じて司書資格も取得。ライブラリアン・検索技術者として、WEB媒体向けのレファレンス支援も行う。

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