人気の朝ドラから学ぶ

『あさが来た』のモデル、広岡浅子を支えた才能とは

2016.02.10 Wed連載バックナンバー

 NHK・朝の連続テレビ小説『あさが来た』が人気を集めています。このドラマの見どころは、波留演じるヒロイン・あさの豪快なキャラクター。時代が江戸から明治に変わる激動の時代に、あさが男社会のなかでたくましく生き抜く姿が描かれています。

 このヒロインのモデルとなったのは、明治を代表する女性実業家、広岡浅子(以下、浅子)。豪気なやり手であったことから「一代の女傑」とも評される人物です。ドラマではあさが炭鉱を開発したり銀行を設立したりしていますが、これは本当にあった話なのです。

 しかし当時は、女性の地位が低かった時代。浅子はそんな時代になぜ多くのことを成し遂げることができたのでしょうか。そこには単に豪快なだけではない、彼女の特別な才能がありました。

 

「『なんでや』と思う人間が、世の中を変えていくんや」

 浅子が生まれたのは、幕末期の動乱の足音が聞こえ始めた1849年(嘉永2年)のこと。江戸時代の豪商として知られる三井家のひとつ、小石川三井家の6代目当主・三井高益の子として、京都に生まれました。高益の妾の子ではありましたが、2歳のときに養女として同家に迎えられました。

 幼少の頃の浅子は、丁稚(でっち)との相撲や木登りが大好きなおてんばであったといわれます。その一方で、男兄弟の行っていた『四書五経(ししょごきょう)』の素読にも興味を示し、読書を好む勉強好きの少女に育ちました。

 しかし、「女子に教育は不要」というのが当時の風潮。そのため、学問を禁じられて、商家のお嬢さまとして習いごとをする日々を送ることに。この頃から浅子は、「なぜ女に教育は不要なのか」という疑問と向き合い、これが生涯取り組むテーマとなりました。

 ドラマの中でも、あさは疑問に思ったことをいつまでも忘れないでいる描写があり、浅子の精神性が描かれています。「『そういんもんや』って上手に思うことができひんねん」という幼いあさに対し、祖父は… 続きを読む

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高野 晃彰/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

高野 晃彰/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

ベストフィールズ代表

大手アパレルで店舗開発を担当、その後、専門誌系出版社で企画編集を中心に勤務、退社後、編集プロダクション「ベストフィールズ」とデザインワークス「デザインスタジオタカノ」を立ち上げる。旅行・歴史・フード・ペット・マリンスポーツなどのエンタメ系から経済、ファッションまで幅広い分野での書籍・雑誌・ムック・商業制作物の執筆、編集、撮影、制作を行なっている。

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