なぜ今も残る?京都花街の伝統的ビジネスシステム(第4回)

舞妓さんは街全体で育てる、京都花街の人材育成

2015.01.30 Fri連載バックナンバー

 早いもので、新年も最初の月が替わる所まできました。毎年京都花街の新年は、歌舞練場で開かれる学校の始業式で始まります。芸舞妓さんたちは現役である以上、女紅場(にょこうば)と呼ばれているこの学校に所属しているのです。

 日本髪に稲穂のかんざし、黒紋付きで正装した芸舞妓さんが集まるこの日、始業式では前年の売上成績上位のお茶屋さんと芸舞妓さんの表彰が行われます。これは各花街の見番(けんばん、花代など花街の事務処理を行うところ。検番とも書く。[例]浅草見番、長崎検番など)が管理している花代を基にランキングするもので、現役であれば、芸妓さん舞妓さんの区別も経験年数も関係なく、たとえば15歳の舞妓さんでも80歳の芸妓さんでも同じ評価の俎上に乗るのです。意外な感じを持たれるかもしれませんが、花街では昔から成果主義が徹底されているのです。

 それでは、今回は、前回お約束した舞妓さんの成長サイクルについて、経営学の観点から少し詳しく述べてみましょう。

 

疑似家族関係

 舞妓さんが住む場所は置屋(屋形[やかた])という職住一体の女所帯です。このお母さんと呼ばれる女性経営者が暮らすところに、まだ一本立ちする前の芸妓さんや舞妓さんが住み込んでいます。そして、お母さんは芸事や花街のしきたり、京言葉だけでなく、箸の上げ下げに至る日常生活のマナーまで、日々の暮らしの中で辛抱強く繰り返し教育しています。

 中学卒業を目処として、置屋に住み込みで入った少女は、見習いさんになるまで約1年程度の期間を「仕込みさん」と呼ばれ、過ごします。この期間、舞妓さんになるための基礎的なことがら、京言葉を中心とした言葉遣いにお行儀、芸事や花街のしきたりをお母さんから教わります。この期間お化粧はせず、普段着で暮らすのです。

 お母さんや芸舞妓さんとその志望者である少女たちは下の図に表わすような「疑似家族関係」で結ばれています。お母さんは芸舞妓志望者をうちの子として受け入れますし、舞妓さんデビューの時には、その新人舞妓さんの面倒を見る先輩芸妓さんと姉妹の盃(さかずき)を交わす習わしです。舞妓としての名前は、このお姉さん芸妓の1文字か2文字をいただいてつけます。そのお姉さん芸妓のさらにお姉さんから見ると、新人は孫妹(まごいもうと)にあたります。このような疑似親子関係や疑似姉妹関係を結ぶことによって、新人はこの街の一員になることができるのです。

 新人にとって、1日でも早く芸舞妓になった人はすべてお姉さんですが、デビューする時に盃を酌み交わして姉妹関係を結んだお姉さんはもっとも影響力が強く「盃の姉」と呼びます。この盃の姉は、妹の育成責任を負うメンターの役目を引き受けますが、同じ置屋所属とは限りません。お姉さんになれる芸妓さんがいない場合は、ほかの置屋の先輩芸舞妓さんと姉妹関係を結びます。

 このように、花街には芸舞妓さん全員を結ぶ疑似姉妹関係がありますが、さらに置屋やお茶屋のお母さんを含めた大きな家族関係があることも花街の特徴です。… 続きを読む

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西尾 久美子

西尾 久美子

京都女子大学現代社会学部教授

京都生まれの京都育ち。京都府立大学卒業後、民間企業勤務を経て、滋賀大学経済学部へ社会人入学。卒業後、神戸大学大学院経営学研究科博士課程へ進み、博士(経営学)を取得。京都女子大学現代社会学部准教授を経て、2013年より現職。著書『京都花街の経営学』(東洋経済新報社)『舞妓の言葉―京都花街、人育ての極意』(東洋経済新報社)『おもてなしの仕組み―京都花街に学ぶマネジメント』(中公文庫)。ホームページ『京都花街CMS』(http://kyotohanamachi.biz/)

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