なぜ今も残る?京都花街の伝統的ビジネスシステム(第2回)

「おもてなし」を紡ぎだす京都花街はなぜ続くのか?

2014.12.26 Fri連載バックナンバー

 「おもてなし」、2020年の東京オリンピック開催が決まるとともに、この言葉を目にし、耳にする機会がさらに増えたように思います。日本の国に根付く相手を思いやる気持ちとそれに沿った行動を端的に表す、このたった五文字の言葉から、私たちは、温かで真心のこもった笑顔や信頼感あふれる立ち居振る舞い、そして、人と人の心と心が通い合うさまを思い描きます。

 第1回目で紹介した京都花街は、この「おもてなし」文化を紡ぎ続ける街です。ただし、この日本の伝統文化ともいえる「おもてなし」は、京都花街だけのものではありません。日本全国各地にあった花街なら、どこでも心がけていたはずです。しかし、現在ではその多くが姿を消してしまいました。また、現存する花街でも、芸妓さんの減少と高齢化、そして彼女たちの仕事場もなくなっていくという業界そのものの存亡にかかわる問題を抱えています。

 その理由については、需要そのものの減少と顧客ニーズの変化という二つの要因が挙げられます。特に需要の減少は、全国の花街では1965年ごろから顕著となり、バブル崩壊で決定的なものとなりました。

 ところが、京都花街ではそのバブル崩壊直後の1990年ごろから舞妓さんの数が増え、現在では日本全国から希望者がやってくるため、仕込(見習い)さんを受け入れる置屋の数のほうが不足気味であるといいます。また接待需要が減少し、高級クラブやレストランなど高単価サービス業全般の経営が厳しくなる中で、京都花街の総売上高は一定水準を保っています。

 一体なぜ、京都花街は350年以上の歴史や伝統を誇るだけではなく、環境の変化に直面しながら競争力を保ち続けていられるのでしょうか?

 

「おもてなし」のコーディネーター

kyoto0010 もちろん、京都でもお茶屋(舞妓さん、芸妓さんを呼ぶ店)が接待の場になることが減り、戦後のピークであった昭和30年代と比べると、お茶屋のお座敷での需要そのものは明らかに減少しています。しかし、最近の京都ブームや日本の伝統を見直す機運もあって、お茶屋のお座敷以外の様々なシチュエーション、特に観光分野で芸舞妓さんたちの活躍は目覚ましく、花街の売上に貢献しています。

 京都にやってくる観光客向けの企画に、芸舞妓さんたちは欠かせない存在です。修学旅行生に日本舞踊を見せる、お寺でお茶のお点前をする、ホテルや旅行会社のパック企画の宴席を務めるなど、まさにひっぱりだこです。また、春と秋に各花街で開催される踊りの会は、4,500円程度という価格の手軽さもあり、国内外を問わず非常に多くの観光客が訪れています。さらに、芸舞妓さんたちは日本各地は言うに及ばず、海外にまで出張し、京都や日本文化のPRに一役買っています。日本髪姿の写真を貼ったパスポートを持つ舞妓さんがいても、少しもおかしくないのが京都花街です。

 こうした新しい需要に柔軟に対応しているのが、「おもてなし」のコーディネーターであるお茶屋のお母さんたちです。… 続きを読む

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西尾 久美子

西尾 久美子

京都女子大学現代社会学部教授

京都生まれの京都育ち。京都府立大学卒業後、民間企業勤務を経て、滋賀大学経済学部へ社会人入学。卒業後、神戸大学大学院経営学研究科博士課程へ進み、博士(経営学)を取得。京都女子大学現代社会学部准教授を経て、2013年より現職。著書『京都花街の経営学』(東洋経済新報社)『舞妓の言葉―京都花街、人育ての極意』(東洋経済新報社)『おもてなしの仕組み―京都花街に学ぶマネジメント』(中公文庫)。ホームページ『京都花街CMS』(http://kyotohanamachi.biz/)

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