なぜ今も残る?京都花街の伝統的ビジネスシステム(第1回)

京都に残る伝統のおもてなし文化「花街」とは?

2014.12.17 Wed連載バックナンバー

 今も京都には、舞妓さんや芸妓さんと遊べる「花街(かがい)」という街が残っています。その歴史は深く、江戸時代から現在まで350年以上も続いています。

 ですが、その古い仕組みが、なぜ科学技術やITが発達した現代でも残っているのでしょうか。そこには、独特のお金の回り方や時間をかけた人材育成術など、時代に左右されない、普遍的なビジネスの仕組みがあるからです。

 本連載では「花街」という、古いながらも今もしっかりと継続している仕組みを「ビジネス」の視点から紹介します。持続可能なビジネスとは何か、若者を正しく成長させる育て方とは何か……など、ビジネスの参考となれば幸いです。

 申し遅れましたが、筆者は京都女子大学の現代社会学部教授の西尾久美子と申します。京都のまちなか下京区で育ちました。本稿で少しでも花街に興味を持っていただければと思います。

 

京都の無形文化遺産「花街」とは

 京都のまちの師走の風物詩と言えば、東西の人気役者を集めて南座で行われる「吉例顔見世興行」。この歌舞伎興行の間、京都の各花街では芸妓(げいこ)さん、舞妓さん、そしてお茶屋さんたちが芸事の上達につながるようにと、全員揃って観劇する習慣があります。これを「顔見世総見」といいます(参考:「上七軒歌舞会」Facebook)。この日ばかりは、桟敷席に華やかに装った芸舞妓さんたちが陣取り、まるで花が咲いたようで、それを目当てに席の予約を取るお客さまも多いと言います。

 このように、京都のまちの年中行事などには花街の芸妓さんや舞妓さんたちがかかわるものも多く、今年京都市は、京都に伝わるさまざまな無形文化遺産を守り、引き継いでいくために創設された「京都をつなぐ無形文化遺産」の第2号として、「京・花街の文化」を選定しました

 ここで、先ず初めに「花街」とは何かを説明しておきましょう。「花街」とは、俗に「はなまち」とも呼称されていますが、芸妓さんや(芸者という呼称は東京を含む関東以北の方言です)舞妓さんが住んでいて、彼女たちと遊べるお店がある街のことです。この花街は、普段私たちにとっては、ほとんど縁のない世界と思われがちです。テレビや映画などで、芸妓さん舞妓さんの姿を見たり、お客さんを交えたお茶屋遊びの様子を垣間見たことがある、その程度が一般的だと思います。

 でも、みなさんがよくご存知の、東京でしたら浅草、新橋、赤坂、神楽坂など、大阪ではキタやミナミといったネオン華やかな盛り場は、数十年ほど前には芸妓(芸者)さんたちが行き交う風情ある場所だったのです。… 続きを読む

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西尾 久美子

西尾 久美子

京都女子大学現代社会学部教授

京都生まれの京都育ち。京都府立大学卒業後、民間企業勤務を経て、滋賀大学経済学部へ社会人入学。卒業後、神戸大学大学院経営学研究科博士課程へ進み、博士(経営学)を取得。京都女子大学現代社会学部准教授を経て、2013年より現職。著書『京都花街の経営学』(東洋経済新報社)『舞妓の言葉―京都花街、人育ての極意』(東洋経済新報社)『おもてなしの仕組み―京都花街に学ぶマネジメント』(中公文庫)。ホームページ『京都花街CMS』(http://kyotohanamachi.biz/)

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