結論から読み解く「嫌われる勇気」(第4回)

「上司の命令だから自分に責任はない」は本当か?

2015.10.26 Mon連載バックナンバー

 「『上司の命令』であるならば、自分とは考え方が異なり、間違えていると思っても、最終的には従うしかない。逆らって、人間関係を悪くすれば、余計に仕事がしにくくなる」と考えている人は、きっと多いだろう。

 しかし、哲学者アドラーの思想が記された『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』(ダイヤモンド社刊、岸見一郎、古賀史健著)では、それを「人生の嘘」であると指摘している。

 今回は常識へのアンチテーゼと勇気の必要性を、アドラーの教えから学んでいこう。

 

上司の命令に逆らえない部下

「上司の指示に従った結果、その仕事が失敗に終わったとしましょう。これは誰の責任でしょうか?」

 これは、「嫌われる勇気」の中での、青年への問いかけである。

 青年は、これを「上司の責任」であると断言する。「わたしは命令に従っただけで、決定をくだしたのは上司なのだから」というのが、その理由である。

「目上の人に生意気な意見をぶつけるなんて、わたしにはできませんし、やろうとも思いません。そんなことをしたら社会常識を疑われます」

 彼は、命令に従うことが常識であり、意見するということは、自分という人間の考え方が疑われてしまうと考えている。

 しかし、それは「縦の関係」であり、青年はその関係に支配されていると、アドラーは説明する。もし、「誰かひとりとでも縦の関係を築いているとしたら、自分で気づかないうちに、あらゆる関係を縦でとらえている」という。つまり、会社の全ての人と縦の上下関係になっているのだ。

 「場の空気を読んで縦の関係に従属することは、自身の責任を回避しようとする、無責任な行為」であるとアドラーは指摘している。上司に責任があり、自分には責任がないと考えるのは「人生の嘘」、つまり、責任を回避するための嘘である。断る余地も、もっといい方法を提案する余地もあるにもかかわらず、そこにまつわる対人関係の軋轢を避け、責任を回避するために「断る余地がない」と思い込み、縦の関係に従属しているだけである。

「上司の命令は絶対であり、逆らうべきではない。何かあっても、それは命令した上司の責任であり、自分には責任がない」

 少々極端な例ではあるが、こうした考え方の恐ろしさを浮き彫りした一つの事象を紹介しよう。

 

思考停止の恐ろしさ

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峯 英一郎/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

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ライター・キャリア&ITコンサルタント

IT企業から独立後、キャリア開発のセミナーやコンサルティング、さまざまな分野・ポジションで活躍するビジネス・パーソンや企業を取材・執筆するなどメディア制作を行なう。IT分野のコンサルティングや執筆にも注力している。
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