桜子が聞く!先駆者たちのワーク・ライフ・バランス(第2回)

広告界のビッグママ、飯野晴子の仕事と家庭の両立法

2015.07.03 Fri連載バックナンバー

 40代ビジネスマンといえば仕事や私生活が充実する頃だ。そこで本連載ではビジネスや学問など、その道を極めた先駆者たちの仕事とプライベートの両立法を聞く。彼らの話を通して、世の流れを掴み、私たちのより良いライフスタイルのヒントを得たい。

 第1回目はサイボウズのイクメン社長・青野慶久氏を取り上げた。第2回目はどうしようと考えていた時、日本テレビ「解決!ナイナイアンサー」のコメンテーターに、見覚えある女性が出演していたことを思い出した。私が社会人なりたての頃、広告代理店で外資系クライアントの担当をしていた飯野晴子氏だ。サングラスをカチューシャ代わりにしながらも、机に向かう姿勢は男性社員と見間違うようだった。

 それがテレビでは女性としての輝きに満ち、タレントのようだ。彼女はいま71歳。女性が社会で走り続けるにはエネルギーが必要だ。その源は何なのか。さっそく話を聞いた。

 

35歳で離婚、シングルマザーとして広告代理店に初就職

桜子「あの、ママと呼んでも?」

飯野「もちろん。」

 ママはにっこり笑った。だが、彼女は私のママではない。“飯野ママ”というのが、彼女のニックネームであり、キャリアウーマンとしての彼女の礎の一つだ。

 現在PRプロデューサーとして活躍する飯野晴子氏は、もともと学習院出のお嬢さまだ。卒業後すぐに結婚し、二女をもうけた専業主婦だった。それが結婚10年目、夫との喧嘩がきっかけとなり子供を置いたまま家を出た。親権を得るためには財力が必要だからと働き始めた。これが彼女のキャリアの原点だ。必要に迫られて、仕方なく。

 

中途入社で同僚に追いつくための戦略

 35歳で働き始めると、社内には年下のデキる社員がたくさんいた。新米として彼らとのギャップをいかにカバーするか。考えた戦略が自身を“ママ”と呼ばせる策だった。ママは誰からも大切に扱われる存在。私をそう呼ばせれば、周囲との関係性は変わるはず。結果、作戦は大当たり。多くの“娘”や“息子”が出来、彼女の手助けをした。一方の彼女は、そうやって彼らの仕事術をどんどん吸収した。余談になるが、作家の辻仁成氏も今では彼女の“息子”の一人だ。

 さて、彼女にはどんな能力があったのか。まず英語が出来たため、最初の会社では翻訳をした。次にアメリカ人社員から、これからの日本は外資系クライアントの開拓にビジネスヒントがあること、そしてお給料はコミッションベースがいいと教わった。彼女はその教えを元に2社目の広告代理店へ転職する。コーチ、ポルシェ、ジバンシイ、ロエベという名だたる外資系クライアントを次々と新規獲得しながら、給料は売上に応じた手数料をもらい、社長以上に稼いだ。

「広告代理店の醍醐味は、新規クライアントを獲得することよね。」

 当時を知る元社員が、彼女のその頃の口癖を回顧していた。その話を向けると、

「そうね。時代もバブル期だったから良かったのよね。」

 と謙遜した。が、その実績が彼女を50歳にして電通グループの広告代理店へと引き抜かせるに至り、定年まで部長として活躍した。

 

友達とほとんど会わず、育児の時間を確保

桜子「働き始めてすぐ娘さんを引き取ったんですよね。そんな中でどうやって育児と仕事の両立をさせたのですか。」… 続きを読む

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連載記事

元電通の文筆家兼コンサルタント、山口周の仕事術
桜子

桜子

ライター

渋谷区在住。通信会社に勤務する傍ら、働く女子の立場からWebメディアのメルマガを書き始め、IT業界の著名人にインタビューを重ねて話題となる。その後、日経ウーマンやアスキー等での連載を経て、2011年、出産を機に育児に専念。2014年4月に職場復帰し、子育てと仕事の心地良いバランスを模索中。(VIVA!桜子の超気まま渋谷/代官山・子育て日記:http://sakurako.cc/friends)

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