成功者の生き方から学ぶ人生のヒント(第11回)

宮尾登美子さん~46歳の時のデビュー作は自費出版

2015.03.16 Mon連載バックナンバー

 長い人生では大きな決断をするタイミングがあります。そして“人生の賭け”に打って出ることもあります。また、私たちは書物やテレビなどを通じて、一世一代のギャンブルに打ち勝って成功を収めた人の物語を目にすることがあります。

 昨年の12月30日に亡くなられた作家の宮尾登美子さんも“人生の賭け”を見事に制した女性です。彼女を追悼するニュースでも紹介されましたが、直木賞を受賞し、数多くの作品が映像化された偉大な作家のデビュー作は自費出版でした。

 人生では自分の才能がなかなか認められないことがあります。自らの才能と時代の流れが合致していないこともあるでしょう。また、自分が認められないことで卑屈になり人生のデフレスパイラルへと陥ってしまうこともあるでしょう。今回は宮尾登美子さんの人生をご紹介しながら、“人生の賭け”についてお話ししていきましょう。

 

46歳で打って出た人生の大勝負

 宮尾登美子さんは1926年(大正15年)に高知県で生まれました。23歳ごろから小説を書きはじめ35歳の時に『連』で婦人公論女流新人賞を受賞しました。そして、本格的な文壇デビューとなった1962年の『櫂』で太宰治賞を受賞し、1979年には『一絃の琴』で直木賞を受賞するなど、特に女性の間で絶大な人気を誇った作家でした。

 多くの女性から共感を得てきた宮尾作品は、女性の心の機微を繊細に表現していることが特徴です。男性が読むと「なぜ、そこで素直になれないの…」と思う場面に遭遇しますが、女性の読者は主人公の心の動きを自らの人生に投影する人が多いようです。

 女性を主人公とし、女性読者から熱烈な支持を得ている宮尾さんの作品は映画業界やテレビ業界からも注目を集め、「舐めたらあかんぜよ」の名セリフで有名な『鬼龍院花子の生涯』をはじめ、『蔵』『寒椿』『序の舞』『平家物語』『天璋院篤姫』など14作品が映画化・ドラマ化されています。また、『一絃の琴』など舞台化された作品も数多くあります。

 宮尾さんの経歴を簡単に説明すると、とても順調で幸せな作家人生だったように思えるかもしれませんが、35歳で一度脚光を浴びてからの10年間は全く売れない時代が続きました。ご本人によると原稿を出版社に送ってもその都度送り返されてきたそうで、時にはご丁寧に速達で送り返されたこともあったそうです。

 46歳の時に出版した『櫂』は初版500部の自費出版(私家版)でした。NHKで放送された追悼番組で、宮尾さんが1年分の給料をはたいて『櫂』を自費出版したことが紹介された時に、ゲストの壇ふみさんが、「宮尾さんは『私は背水の陣を敷いたの』とおっしゃいました」と語っていましたが、当時の宮尾さんにとっては退路を断っての大勝負でした。

 

決断を妨げるのは入口にこだわってしまうから

 私は約10年間にわたってヘッドハンターという仕事に就いていましたが、自らが希望する会社から内定が出たにもかかわらず入社を辞退する人が何人もいました。もちろん日本では職業選択の自由がありますので、前に踏み出さないという決断も個人の決断として尊重しなければなりませんが、入口にこだわるあまり転職を逡巡する人が多く見られました。

 入口にこだわるというのは、正社員ではなく契約社員としての入社であるとか、現在の年収からほとんど金額が上がらないとか、職位が自分の希望よりも低いということに不満があるため、新しい環境に飛び込んでいく決断が付かないということです。

 私の経験から言わせていただくと、… 続きを読む

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南 武志

南 武志

フリーランサー

広告代理店、PR会社での勤務を経て、広告業界専業のヘッドハンターとして9年間活動。20代から50代までの数多くの転職希望者と本音で語り合った経験を元に、若き組織人への提言をまとめる。

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