「ミスター牛丼」が語る、吉野家・成功の秘密(第2回)

なぜ吉野家はBSE問題で「牛丼休止」を決断したのか

2017.03.22 Wed連載バックナンバー

 2016年末、牛丼チェーン店「吉野家」を全国展開する吉野家ホールディングス元会長の安部修仁氏によるビジネス書「吉野家~もっと挑戦しろ!もっと恥をかけ!」が発売された。

 安部氏はもともと、アルバイトとして1968年から吉野家で働き始めた。1972年には正社員、1992年には代表取締役社長に就任、以後2014年に取締役を退任するまで、同社の要職を務めた“叩き上げ”のビジネスリーダーである。第1回目では、安部氏が吉野家に入社し、「何を変えるのか」ではなく「何を変えないのか」の方が重要であることを悟るまでを取り上げた。

 しかし、吉野家の経営は決して順分満帆ではなかった。特に2003年の米国産牛肉輸入停止措置(BSE問題)は、主力商品である牛丼が提供できなくなるという緊急事態に陥った。この難局に、安部氏はどのようにして立ち向かったのだろうか。

 

ブランドを守るために「変えてはいけない」こと

 安部氏は、創業者の松田穂積氏から「55歳からが勝負だぞ、そのために20代、30代、40代なりの生き方がある。社会人として影響が小さいうちに多くの挑戦と失敗を重ね、能力を高め、信頼を集め、55歳から花を咲かせればいい」という教えを受けていた。

 図らずとも、安部氏は、55歳で経営者人生最大の勝負を迎えた。2003年12月から始まった、BSE(牛海綿状脳症)問題による、米国産牛肉輸入停止措置である。

 この時も、安部氏は松田氏からの教えである「あった方が良い程度のものなら、ない方が良い。変えることを考える前に、何を変えてはいけないかを考えろ」を信念に、難局に立ち向かった。

 

二度の「変えてしまった」で味わった失敗

 安部氏によれば、吉野家には変えてはいけない3つの信念があるという。1つはいうまでもなく「牛丼」という商品。BSE問題が起こる前の吉野家のメニューは、朝定食と牛丼のみ。つまり、牛丼がなくなると、売るものがなくなってしまう。

 2つ目は、「うまい」「早い」「安い」という企業価値である。実は吉野家は、安部氏が20代の頃、コストダウンのためにつゆを粉末にしたり、フリーズドライの肉を導入したことで、一度倒産している。その後、倒産前の味に元に戻したことで事業は復活。「うまい」「早い」「安い」のバランスを維持することが、吉野家の経営に欠かせないことを安部氏は学んでいた。

 3つ目が、「吉野家ブランド」である。安部氏は一度、吉野家のブランドを変えたことで、大きく躓いた経験があった。… 続きを読む

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峯 英一郎/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

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ライター・キャリア&ITコンサルタント

IT企業から独立後、キャリア開発のセミナーやコンサルティング、さまざまな分野・ポジションで活躍するビジネス・パーソンや企業を取材・執筆するなどメディア制作を行なう。IT分野のコンサルティングや執筆にも注力している。
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