「ミスター牛丼」が語る、吉野家・成功の秘密(第1回)

なぜ吉野家は食券制を採用しないのか?

2017.03.08 Wed連載バックナンバー

 2016年末、牛丼チェーン店「吉野家」を全国展開する吉野家ホールディングス元会長の安部修仁氏によるビジネス書「吉野家~もっと挑戦しろ! もっと恥をかけ!」が発売され、ネット通販サイトのランキングの上位に入るなど、人気となっている。

 安部氏はもともと、アルバイトとして1968年から吉野家で働き始めた。1972年には正社員、1992年には代表取締役社長に就任、以後2014年に取締役を退任するまで、同社の要職を務めた“叩き上げ”のビジネスリーダーである。

 しかし、経営は決して順風満帆ではなかった。1980年の倒産、2000年以降の“牛丼戦争”、2004年の米国産牛肉輸入停止措置(BSE問題)など、安部氏はリーダーとして数々の難局に遭遇する。

 度重なるピンチを、安部氏はどのように乗り越えてきたのか。彼の著書を元に、その歴史を振り返ってみよう。

 

売れないミュージシャンと年商1億円の牛丼店との出会い

 吉野家の創業は1899年。大阪から上京した松田栄吉氏が、東京・日本橋の魚市場に牛丼店を開いたのがはじまりである。1923年には関東大震災、1945年には東京大空襲で二度店を焼失しながらも、1947年に築地にて店舗営業を再開。これが、今の吉野家の原点となる、築地1号店である。

 1958年、この1号店を継いだ松田栄吉氏の息子、松田瑞穂氏が、会社法人として株式会社吉野家を創業。1965年には、店舗は1号店のみ、たったの15席という小規模店舗ながらも、年商1億円を達成した。

 安部氏と1号店との邂逅は1968年のこと。安部氏は福岡の高校を卒業後、プロのミュージシャンを目指して上京したが、なかなか売れず、バンドのリーダーとして仲間に給料を払うため、アルバイトとして吉野家で働き始めた。

 

客の名前を覚えることが一人前の証

 1号店で働き始めた安部氏だが、店に訪れるおびただしい数の客と、その大量の客に高速で牛丼を提供する接客に、まったく対応できなかった。

 年商1億を達成するためには、一日1,000人以上もの客が来店する必要がある。1号店は市場で働いている人が相手となるため、朝5時頃から正午までのたった約7時間が勝負だ。つまり、1時間平均で140~150人に来てもらう必要がある。

 だが、店には15席しかない。1時間あたり10回転させれば150人となるが、そうすると一人の客の食事時間はわずか6分ということになる。

 1号店の顧客はほとんどが常連客で、同じものを注文し、短時間で食べ終わり、店を出る。それに対応するために必要なことは、… 続きを読む

全文(続き)を読む

続きを読むにはログインが必要です。

まだ会員でない方は、会員登録(無料)いただくと、続きが読めます。

峯 英一郎/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

峯 英一郎/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

ライター・キャリア&ITコンサルタント

IT企業から独立後、キャリア開発のセミナーやコンサルティング、さまざまな分野・ポジションで活躍するビジネス・パーソンや企業を取材・執筆するなどメディア制作を行なう。IT分野のコンサルティングや執筆にも注力している。
https://www.facebook.com/mineeii

このページの先頭へ
Bizコンパス公式Facebook Bizコンパス公式Twitter