リオオリンピックメダリストに学ぶ「勝利の法則」(第6回)

柔道金メダル、井上康生が「惨敗」から学んだ対応力

2016.12.12 Mon連載バックナンバー

 オリンピックの正式種目となった1964年の東京オリンピック以来、全てのオリンピックで必ずひとつ以上の金メダルを獲得してきた全日本男子柔道であったが、2012年ロンドンオリンピックではひとつの金メダルも取れないという大惨敗を喫した。

 ゼロからやり直すより道はない。そんな全日本男子柔道の危機的状況からの復活を託されたのが井上康生監督であった。井上の指導の元、全日本男子柔道は2016年のリオオリンピックで、金メダルふたつを含む全階級でメダル獲得という大復活を成し遂げる。

 なぜ井上氏は全日本男子柔道を復活させることができたか。それは井上の柔道人生を辿ることで明らかになる。彼の柔道は、日本の柔道そのものであった。

 

オール一本勝ちの柔道を貫こうとした現役時代

 井上は、現役時代、2000年のシドニーオリンピックに出場し金メダルを獲得した。それも、オール一本勝ちという完全勝利である。井上氏は、この勝ち方が物語る通り、日本の伝統であるきれいに一本を決める柔道を終始貫いた。

 2001年ミュンヘン、2002年大阪の両世界選手権でもオール一本勝ちで三連覇を成し遂げるとともに、「一本トロフィー賞」「ベスト柔道家賞」を受賞。これが大きな自信となった。

 しかし、当然褒めてもらえると思っていた柔道家でもある父親からは、「『きれいに投げてやろう』とか『圧倒的に勝ってやろう』とか、そういう気持ちだけが先行していた」「それは、おまえの柔道じゃない。柔道の世界、勝負の世界では、それだけで勝ち続けていくことはできない。もっといろんな面で厳しく戦っていかないとだめだ」と非難された。

 当時、全日本柔道男子強化部長を務めていたロサンゼルスオリンピックの金メダリスト山下泰裕氏からも、「きれいに投げてやろう、豪快に投げてやろうといった気持ちは一切なくすんだ」「どんな形でもいい、勝ちに対して執念を持ってやるんだ」と同じような注意を受けていた。

 このときはまだ、井上氏の心の中には、「どんな相手であれ、豪快な投げ技やきれいな投げ技で一本を取る柔道を求めていく」という気持ちがあり、父親や山下氏の言葉は受け入れられず、逆に「アテネでは、もっと圧倒的に勝ってやろう」という気持ちが強くなっていった。

 しかし、皮肉なことに、この人々を魅了した井上氏の柔道が、やがて自らを引退へと追い込むこととなる。

 

国際化の波に飲まれ惨敗した「一本を取る柔道」… 続きを読む

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峯 英一郎/studio woofoo(www.studio-woofoo.net)

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ライター・キャリア&ITコンサルタント

IT企業から独立後、キャリア開発のセミナーやコンサルティング、さまざまな分野・ポジションで活躍するビジネス・パーソンや企業を取材・執筆するなどメディア制作を行なう。IT分野のコンサルティングや執筆にも注力している。
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